5月5日で65歳の前期高齢者になった田丸の1年後の引退への思い
私は5月5日に65歳となりました。誕生日には自分の親に感謝の思いを伝えるのが親孝行といいます。ただ母親の昭子(88歳)は耳が遠いので、同居する妹の一美(63歳)を通じて「元気に過ごしているよ」と電話で連絡しました。母親は認知症とは無縁で、とてもしっかりしています。4月に妹、孫の夫婦、ひ孫など4世代の家族が集まった母親の米寿のお祝いの会では、中華料理のコースをぺろりと食べていました。息子にとって、母親が元気でいるのは何よりの安心です。その母親から「お酒を飲みすぎて体を壊さないように」と、会うたびに言われます。息子が初老になっても、やはり心配なのでしょう。
65歳になって、介護保険証と老齢基礎年金などの手続きをする通知書が届きました。それ以外は日常生活で別に変化はありません。いわゆる「前期高齢者」の仲間入りをしたわけですが、日本は4人に1人が65歳以上の高齢化社会なので、周囲には同年代の人が多くいて年を取った実感はありません。日本人男性の平均寿命は80歳と高いです。しかし長く生きることよりも、健康に生きることが大事だと思います。
17年前の1998年に村山聖九段が29歳で早世したとき、私は過去30年間に亡くなった棋士のことを調べてみました。その人数は67人で、年平均で2人でした。棋士総数が100人台半ばの団体として決して少なくありません。平均享年は69歳で、世の平均寿命より10歳も下回る69歳でした。じつは長生きした棋士はけっこう多かったのですが、病気で早く亡くなった棋士もいて、平均寿命を下げる結果となったようです。
今年の1月に78歳で亡くなった河口俊彦八段は、その直前まで精力的に文筆活動をしていました。2月に95歳で亡くなった丸田祐三九段は、数年前まで元気な様子でした。棋士の平均寿命は決して高くありませんが、自立した生活を過ごせる「健康寿命」は低くないと思います。
現在、約60人の引退棋士の中で、70代と80代は約10人ずついます。いずれの棋士も元気のようですし、認知症になったという話も聞きません。頭を使う、指先を使う、普段の生活で時間が自由など、棋士は長命になる環境にいると思います。私も日々の「アルコール消毒」をほどほどにして、「盤寿」(盤の升目の数と同じ81歳のお祝い)までは元気に暮らしたいと念じています。
来年3月で引退が決まっている私に対して、「それを待たずに引退されてはどうでしょうか」というコメントが以前にありました。私が今年2月の竜王戦の対局で1手詰めの詰めろを見落としたり(3月1日のブログ参照)、長年の不勉強はトーナメントプロとして失格だという厳しい意見でした。
率直に言って、かなり耳が痛いですが、それを認めざるをえない現実(成績不振)があります。じつは2009年にフリークラスに転出したとき、満期を迎える16年の前に引退する考えはありました。引退後の生活設計のめどが立ったらという前提です。私の場合は文筆活動のことです。著作を出したり、将棋雑誌に評論を書いたりして、それなりの文筆活動を今まで続けてきました。しかし私が思い描く文筆活動の展望がなかなか開かれず、引退による減収分との兼ね合いもあって、決断できずに現在に至っています。
引退しても、対局以外の役割と仕事はあります。対局で活躍する現役棋士と、仕事で適切な棲み分けができれば、引退棋士の収入は安定して励みにもなります。しかし将棋連盟から依頼される審判・解説・出演・指導などの仕事は、現役棋士が優先されがちです。大方の棋士はそんな現実を見ているので、順位戦のC級2組に降級点3回で降級するまで在籍したり、フリークラスの在籍期限まで現役棋士を続けるのです。
私はあと1年間の公式戦で9棋戦・10対局の機会があります(竜王戦はランキング戦と昇級者決定戦に出場できます)。この対局数は全敗の場合です。少しでも勝って対局数を増やし、自分の持ち味を出した将棋を指したいと思っています。
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