将棋をとても愛好したタレントの大橋巨泉さんが82歳で死去
テレビの黄金期に『11PM』『クイズダービー』『世界まるごとHOWマッチ』などの人気番組で司会者を務め、ジャズや競馬の世界でも評論家として活躍してマルチな才能を存分に発揮していたタレントの大橋巨泉さんが、7月12日に82歳で死去しました。その巨泉さんは将棋をとても愛好していました。
巨泉さんは早稲田大学に在学した頃は麻雀よりも将棋のほうが好きだったそうです。1971年に週刊誌の企画で作家の山口瞳さんと対談して親しくなると、東京・国立の山口邸で開かれた翌年の新年会に出席しました。その山口さんは棋士との駒落ちの対局の戦いぶりや交遊談を綴った『血涙十番勝負』の随筆を文芸誌に連載していて、将棋と棋士をこよなく愛していました。
新年会には芹沢博文八段、米長邦雄八段、大内延介七段らの人気棋士が来ていました。巨泉さんは山口さんに「1局どうですか」と誘われ、奨励会の真部一男三段と二枚落ちの手合いで指しました。すると巨泉さんは子どもの頃から知っている矢倉を用いて何と勝ったのです。山口さんは「20年も将棋をろくに指していない巨泉さんが、将来はA級八段になる逸材の彼に勝ったのはすごいことです」と興奮し、巨泉さんに将棋を本格的に習うことを勧めました。巨泉さんはそれ以来、米長八段に個人指導を受けるなど、将棋に熱中するようになりました。棋力も伸びていきました。※棋士の肩書は当時。以下も同じ。
私が巨泉さんと初めて会ったのは、1973年に山口邸での将棋会に訪れたときでした。以下のような会話をしました。山口「巨泉さん、若手棋士の田丸四段が来ています。いちど指してみてください」田丸「初めまして。キャウジン(米長の当時の愛称。狂人の意)の弟弟子です」巨泉「ヨネちゃんには飛車落ちで習っているので、その手合いでお願いしようかな」山口「田丸さんは昨日の対局で、大豪の塚田正夫九段に勝ったそうです」巨泉「ほう、ただの長髪ではないな」山口「ライオン丸というあだ名があるらしいですよ」
巨泉さんは伝説的な深夜の人気番組『11PM』の司会者を1966年から務めました。その中で自身の趣味であるゴルフ・競馬・麻雀のコーナーを設けて人気を博しました。時には若手棋士同士の「目かくし将棋」など、将棋のコーナーもいろいろと企画しました。中でもユニークだったのは、棋士が公式戦で指した悪手を「次の一手」として出題したことで、いかにもテレビ人間らしい発想は視聴者に大いに受けたそうです。その後、巨泉さんが司会者を務めた番組には多くの棋士が出演しました。
巨泉さんは1990年の56歳のとき、「体力のあるうちに余生を楽しみたい」との考えから「セミリタイア」宣言をして、大半の番組を降板しました。そして夏はカナダ、冬はオーストラリア、春は日本など、季節の良い時期に合わせて世界中を巡る生活を過ごしました。それにともなって将棋を指す機会は少なくなりました。好敵手である作家の山口さんは健康上の理由で将棋を指さなくなっていました。ただ巨泉さんはNHKの将棋対局の番組だけはとても楽しみにしていました。事務所のスタッフが日本で撮った将棋番組のビデオを海外の滞在地に送らせて、欠かさず見ていました。
巨泉さんは米長九段とは家族ぐるみの交際を続けていました。1993年の名人戦で中原誠名人に対して6回目の挑戦をした米長からは、名人戦に臨む心構えについて相談を受けました。そのとき巨泉さんは米長に、「中原のことはよく知っているとか、横歩を取れないような男に負けたらご先祖様に申しわけないなど、今まではリップサービスのつもりでつい余計なことを言ってしまった。今回は何も言うな…」と一言だけアドバイスしました。そして米長は中原を4連勝で破り、悲願の名人位を獲得しました。後に巨泉さんは米長からのお礼として、五段の免状を贈呈されたそうです。
私は以前にある雑誌の企画で、将棋を愛好する著名人を訪れる「出前対局」の連載をしていました。1997年には千葉県の巨泉さんの自宅を訪れて平手の手合いで指しました。写真は対局光景で、立派なカヤ盤を所有していました。1局目は私の中飛車の戦型で、巨泉さんはいいところなく敗れました。2局目は相矢倉の戦型で、巨泉さんは序盤で作戦勝ちすると、中盤で有利を拡大し、終盤で見事な寄せで私に勝ちました。NHKの対局をいつも見て矢倉を勉強している成果が出ました。ゴルフでシングルの腕前の巨泉さんは、名プレーヤーのリー・トレビノに勝ったこともあるそうです。
自由奔放に多彩な生き方をしたタレントの大橋巨泉さん。天国では作家の山口瞳さんとぜひ将棋を指してほしいですね。
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コメント
巨泉さんと大内さんのTVは記憶にありました。棋士をTVに引っ張り出したのも巨泉さんではなかったでしょうか。芹沢さんもTVで活躍していました。こちらは山城新伍さんでした。なんといっても米長さんを「米(よね)ちゃん」とよべる人なんですよね。なんだこの巨泉はと思っていましたが、亡くなられてからの番組で、普段呼んでる呼び方を公でも通したということです。急に米長先生とかさん付けは可笑しいんだと。言われてみればそうかもしれないとは少しだけ思うかな。年下は皆呼び捨てか、ちゃん付けとは生前に言われていたことがあったような?巨泉さんも大スターでしたから、仕方がなかったかな、周りも納得か。準プロ八段を贈呈しておきます。
投稿: 千葉霞 | 2016年7月28日 (木) 15時18分
田丸先生が昨日の竜王戦・上野裕和五段で白星を挙げた旨、日本将棋連盟のホームページで知りました。
5回戦で20歳になったばかりの新人・近藤誠也四段との対局も、素晴らしい棋譜が見られることが楽しみの一言に尽きます。
田丸昇・獅子丸・ロン毛丸・ライオン丸先生は、44年間に亘り、我々将棋ファンの心を刺激して下さいました。
今後とも、勝てる限りは勝ち続け、有終の美を飾り、新たなる感動が味わえれば光栄な限りです。
投稿: 柳 | 2016年7月30日 (土) 22時59分