将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2015年6月14日 (日)

プロ棋士の投了に関するエピソードと、44年前の「東西決戦」の投了局面

プロ棋士の投了に関するエピソードと、44年前の「東西決戦」の投了局面

「プロ棋士の対局の場合、勝敗が決した頃に『形作り』という局面が出てきますが、その意味合いを教えてください。棋士が早めに投了すると『美学』という表現が使われ、逆に最後の1手詰めまで指すと将棋ファンへの『サービス』といわれます。棋士の勝負観はそれぞれでしょうが、負けを覚悟したときの処し方とはどんなものでしょうか」という内容のコメント(1月14日)は《囲碁人》さん。

プロ棋士の対局で形勢が一方的になったり勝負が決すると、敗勢側は「せめて終盤の寄せ合いで一手負け」という投了局面にしたいと、抵抗しないで『形作り』の指し方をすることがあります。とくに新聞に載る対局だと、そんな意識になります。勝勢側はそれを察すると、すぱっと寄せ切ります。いわば勝勢側と敗勢側が行う最後の仕上げの共同作業です。

形勢が悪くなって勝ち目がないと判断すると、中盤や終盤の入口の局面で早めに投了する棋士がいます。代表的なのは塚田正夫名誉十段、丸田祐三九段、芹沢博文九段、滝誠一郎八段、鈴木輝彦八段などです。相手の決め手がよく見える、勝負に執着しない、粘り続ける気力がない、諦めが早い、みじめな思いをしたくない、対局を終えて飲みにいきたい、と理由は様々です。そうしたことを『美学』と表現する人がいます。ただ本来の将棋の美学は、盤上の指し手で表現して感動を与えることだと思います。

逆に、形勢がどんなに悪くなっても勝負を捨てない投げっぷりの悪い棋士がいます。若手棋士ほどそういう傾向があります。また、格上や強い棋士にはあっさり指すのに、格下やベテラン棋士には「粘っていれば、そのうちに悪手を指すだろう」と頑張り続けることがあります。実際に私は、勝ち将棋を粘られて逆転負けしたことが何回もありました。その棋士の強さの『信用度』で、相手の戦意や指し方が違ってくるのです。

田中寅彦九段は「投了こそ最大の悪手」と言って、以前は最後まで頑張り抜く将棋を指しました。ところが16年前のB級1組順位戦の対局で、自分の玉が詰まないのに投了したことがありました。相手の飛車の王手に対して、合駒しても玉が逃げても詰みと見たのですが、合駒して飛車で取らせてから玉が逃げるという絶妙の手順で詰まなかったのです。自分の負けを前から観念していたことで起きた錯覚で、プロ棋士でも稀にあります。

プロ棋士が最後の1手詰めまで指すのは珍しいです。将棋を逆転されて投げ切れなかったり、何手も秒読みに追われたケースです。初級者のファンがわかるように『サービス』で最後まで指すことは、テレビ対局ではあるかもしれません。

プロ棋士が負けを覚悟したとき、ぶつぶつ言う、ため息をつく、笑みを浮かべる、どこが悪かったのか茫然と振り返る、などと言動は様々です。私はトイレに行って心の整理をつけます。いずれにしても、自分で負けを言い聞かせるときは辛いですが、投了するときは割りと平静な気持ちになっています。内藤国雄九段は「負けました」という言葉がかすれないように、お茶を飲んでから投了するそうです。

写真の局面は、44年前の1971年(昭和46年)に行われた奨励会の「東西決戦」の真部一男三段(故・九段)―森安正幸三段(現・七段)の対局。下側の先手番が真部三段で、後手番の森安三段が△8五歩と伸ばしたところ。

当時の奨励会制度は、東西の三段リーグの優勝者同士が対局し、勝者が四段に昇段(前期・後期で年間2人)できました。棋士になるための人生がかかった大一番でした。ところが真部三段は中盤で自分が指した悪手によって戦意を喪失したのか、写真の中盤の局面で何と投了したのです。確かに形勢はかなり悪いですが、最後まで頑張り続ければ勝負はどうなるかわかりません。優勢な森安三段にも勝利へのプレッシャーが生じます。

関西の奨励会幹事だった有吉道夫八段(現・九段)は、担当した観戦記の結びで真部三段に対して次のように書きました。

《昔、中国の武人は、戦いに臨んで、刀折れ矢尽きれば、素手をもって敵と闘い、力尽きて捕らわれの身になれば、眼光をもって敵を射竦め、もし盲目にされれば、舌をもって敵を刺す、と言ったとある。勝負を争ううえでは、力の限界を尽くして闘う気迫が必要ではないか。今後は勝負に執念を持って、恵まれた棋才を伸ばしてほしい》

真部三段は有吉八段の文章を読んで「とても感動しました」と語りました。そして翌年の「東西決戦」に再登場し、淡路仁茂三段(現・九段)に勝って四段に昇段しました。

真部三段はその対局前に、師匠の加藤治郎八段(故・名誉九段)から「おまえさん。途中で投げちゃいけないよ。悪くなっても最後まで粘るんだよ」と、激励と忠告を兼ねた言葉をもらったそうです。

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コメント

田丸先生ありがとうございます。地味な質問でも先生がいろいろ調べてくださり、さーと読み下していくと「読み物」になっていてとても読後感がいいですね。確かに真部先生は美学でした。将棋も強かったです。NHK将棋子供名人戦の解説役の時、聞き手の女流棋士が小学生のあまりに早い指し手に「ついていけない」と困ったような発声に「大丈夫、分かりますから」と盤面を(1分キレ負けのごとく早い指し手を)サッササッサと並べていました。まだ5~6段の若手人気棋士だったと思います。その後も何年か出ておられました。今の棋士にはいない「洒落た」感のある先生でした。今年A級になられた貴族先生をもう少しかっこよくした先生とのイメージでしょうか。

投稿: 囲碁人 | 2015年6月14日 (日) 19時03分

将棋の思い出話を嫌う向きもありましたが、私は将棋史としてのとらえ方をしていますので大好きです。プロ棋士のエピソードそのものが昔語り、思い出語り、歴史と色々表現はできますが、面白いです。44年まえの話もいいですね。真部さん、森安さん(兄)その後の将棋界を盛り上げた真部さんの若い頃の話ですね。時代は大山、中原、有吉、内藤、加藤、米長らが中心でしたが、真部さんも若手で出てきていました。華のある棋士でした。田丸先生の数年後輩でしたか、先生もご活躍でした!懐かしいエピソードでした。ありがとうございました。

投稿: 千葉霞 | 2015年6月17日 (水) 11時03分

真部先生は本当にあきらめの早い人でしたね。美学を通り越してカッコつけすぎとも当時は思っていました。
米長先生とのA級順位戦でも40手位の中盤で昼過ぎに投げたことも思い出しました^^

最近の将棋界では若手棋士はあまり形作りってしませんよね?
ボロボロになるまで指すみたいな・・・
批判しているわけではなく、私のような『将棋道』って考えがもう古いんでしょうね・・・(;^_^A

投稿: ホネツギマン | 2015年6月18日 (木) 07時00分

投了図は分かりません?プロだからなのでしょうね。若手(?)は相手をよく研究していて嫌な(相手が負けた手)将棋に持っていこうとしているような気がする時があります。あの羽生さんも渡辺さんには割と玉頭にアヤをつけられて指しずらそうに(私だけのイメージ)敗勢になっています。この頃は羽生さんもしつこい位に粘って、まるで若い頃に戻ったみたいに頑張っています。いいことですが、棋聖戦2局目はまるでだめでした。(プロ的批評か?)素人目には2連敗だった気がしています。名人は負けてはいけません。他の棋戦でもです。でも、変に粘るのは白熱したようには見えても、違いますね。桂打ち、銀なりでアウト、手番が来て簡単でした。後手陣に銀を打てば…タラればはどうでしょうか。挑戦者といえども格下相手に先手番で負けては残念です。若い世代はビビりがないですね。羽生さんもその時を思い出して頑張らないとね。2-3で敗れる、失冠もありそうですが?

投稿: 東京散歩人 | 2015年6月18日 (木) 13時29分

あと、今回の件とは関係は薄いかもですが、大昔(1989~1990年くらいかと?・・・)NHK講座に田丸先生が書かれた自戦記がとても面白かったのを覚えています。カラオケで何何を歌ってるだとか、朝、対戦のときはサンウイッチを食べてるだとか、そんな内容。
あれを書かれたときの心境みたいなのも知りたいなと思います。

そのころは島さんも竜王なったくらいの頃にほとんど将棋の解説をしない小説のような自戦記を書いていたと思います。これもかなり斬新でした!

要は今の観戦記って我々には難しすぎるんですわ~(苦笑)

もっと個性的な色んな文章を求む(笑)

投稿: ホネツギマン | 2015年6月18日 (木) 20時45分

叡王戦とかがはじまりますね。エントリー制で数名がエントリーしませんでした。羽生名人、渡辺さん他ですね。賛否はあるでしょうけれど出ないのもありですね。ただし、出れば何がしかの収入にはなろうし、優勝でもすれば、コンピューター王者と対戦できます。何やらコンピューターと対戦をする者を選ぶ新棋戦とは不思議な感覚です。賞金、対局料も公表せず!連盟もガラス張りにならなくてはいけないところです。他棋戦も金銭の非公開が多いのも何とか法人としてはどうでしょう。国税も目の付け所と思わなければいいのですが、ドワンゴあたり大丈夫かな?詮索はブログでは迷惑ですね。申し訳ありませんでした。田丸先生も叡王戦頑張ってください。

投稿: 田舎棋士 | 2015年6月19日 (金) 12時49分

早い投了!下手にプロ意識に徹して(綺麗な棋譜を残す)無駄に指すよりは美学はいいかも知れません。人それぞれの受け取り方もあるでしょうが。若手棋士らの粘るもいいです?勉強でしょうから。将棋連盟の透明性を問うたコメント、これが一番いい!!税金対策でしょうか?プロ野球でも記者会見などで見る限り(年俸など)ごまかす時が多いですね。どうせ確定申告の時書類関連全部出して申告するのだから、これは将棋も一緒でしょうが個人個人の収入はともかく各棋戦の総賞金額、対局料は公開されてもいいのではないでしょうか。(叡王戦は非公開?)ネットで調べるとおおよそ出ているようですが、これとて流している方の調査と推定です。何も人の金を聞くな!も一理ありますのでこれくらいにします。ただ、法人化も変わったりしてやや落ち着いた頃ですので前出コメント御仁のとおり、国税内定を受けていないとも限りませんので出せる、公開できるものはされた方がいいと思います。これ以上は言わずもがなでした。失礼をばいたしました。

投稿: 将棋九段 | 2015年6月19日 (金) 17時48分

この早い投了に関して山口瞳さんだったと思いますが相手の森安正幸さんの弟である秀光さんが先に四段になっておりその気持ちを思った真部さんが余り闘志が湧かなかったのではと書かれていましたね。実際のところは本人にしかわからないのでしょうがそういう気持ちが心やさしい真部さんにあったとしても不思議ではありませんね。

投稿: 田舎天狗 | 2015年6月21日 (日) 19時27分

プロ棋士・プロ将棋には見せるものがあってもいいのではないかと思います。それが美学と棋士自らがいうものであればそれが見せるものでしょう。なるべくは100手位までは指して欲しいものですが、40~60手で投げるのも仕方がないのでしょう。話は飛びますが、叡王戦はなんでしょうか?棋士はエントリー制、予想した向きも多いでしょうが、羽生、渡辺といったところは出ない。あと数名もでした。通常なら新棋戦は全員参加なのが今まででした。(若手棋戦を除く)2名のタイトルホルダーは出るという。ほぼ9割の棋士が出ているのに、エントリー制で不参加棋士には罰則はなし、怪しい影と2chでも出ていたような?とにかく人が機械チャンピオンに挑むというのも意味がわからない。確かにソフトの方が段違いに強い。ただし、棋士側が汚い手、欠陥を探して勝負以前の戦いに持ち込まないようにはしてほしい。欠陥については指導してあげる立場のプロとしての品位を持ってほしいですね。現竜王あたりはソフトに勝てそうです。エントリー棋士の中ではトップクラスですので、期待はしています。8段クラス?タイトルホルダークラス枠を作らなかったのも(当然シードで)棋戦としては(7大タイトル以外)どうでしょう?やや短兵急に始まった棋戦のようです!

投稿: 古代子孫 | 2015年6月24日 (水) 10時56分

いつも楽しみに拝見させてもらっています。
質問ですが、いつかの機会にお答えをいただければ
1.先生のブログは将棋の世界の内情を暴露されたりする処も多いですが、連盟ら許可を取ったり、あるいは規制や注意というこはないのでしょうか。
2.叡王戦のことですが、出場については全くの自由意思でしょうか。もしくは招待といった形というものもあるのでしょうか

投稿: 将棋太郎 | 2015年6月25日 (木) 02時05分

なにやら?叡王戦についても質問コメントが出ていましたので参加させてもらいます。電王戦がフアイナルということで終わったのかと思ったら、ソフトのチヤンピオン戦は従来どおり行い、叡王戦のチャンピオンを待ってこれと2戦マッチと聞きました。(2戦?これは定かな情報ではないので)棋士全員参加型ではなくエントリー制。参加自由なわけですが、結果渡辺、羽生両先生と他数名が不参加、他は(9割方)参加されます。糸谷竜王や郷田先生はどうして参加されるのと逆に不思議でした。タイトルのスポンサーにしがらみはあると思っていました。段位制ですが、タイトル保持者枠は?や招待者枠はとコメントがありました。さらに女流枠やアマ枠??などの説明はなかったです。やや新棋戦のスタート(もうしています)にしては検討された方々がどなたか知りませんが「おや?」と思われるポカ?ぶりといったら怒られますね。

投稿: 囲碁人 | 2015年6月25日 (木) 11時37分

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