将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2015年5月25日 (月)

棋士の現役期間、棋士の退職金、熊坂五段の引退などのコメント

「田丸九段の引退の件(5月15日のブログ参照)は胸に響きました。人それぞれの事情は、普通の会社員と変わらないことも知りました」というコメント(5月15日)は《すずき》さん。「自ら潔く辞めるのがプロであれば、最後の最後まで精一杯踏ん張るのもプロだと思います」というコメント(同上)は《Yoshiya》さん。「将棋は今や健全なスポーツの一翼で、最高峰にプロがいるのもほかのスポーツと同様です。競技人生が長いのも5指に入ります」というコメント(5月17日)は《千葉霞》さん。

来年の3月にフリークラス規定によって引退する私に対して、温かい励ましや共感のコメントを寄せていただき、ありがとうございました。

今年の3月に任意で引退した内藤国雄九段の現役期間は57年でした。最年長の現役棋士である加藤一二三九段の現役期間は、現時点で最多記録の61年で今後も更新されそうです。私の現役期間は今年で44年です。それぞれの立場と思いは違いますが、私はひとつの仕事をこれほど長く勤めてこれて十分に満足しています。

一般社会では、就職してから定年までの勤務年数はだいたい40年です。しかし勤め先や自身の事情によって、途中で転職したり無職になることは決して珍しくありません。プロ棋士の世界は確かに厳しいですが、現役期間の長短にかかわらず、転職した棋士はほとんどいません。引退しても個人の才覚と努力で、指導、解説、執筆などの仕事をすることができます。とにかく好きで入った将棋界で生きていくのは、何よりの安心といえます。

ところで競技人生が長いという職種は、将棋棋士のほかに何があるのでしょうか。原則的に引退制度がない囲碁棋士、シニアトーナメントがあるゴルフ選手、公営ギャンブルの競馬や競艇などの選手、オリンピック種目の射撃や馬術の選手、などが思いつきます。ほかにあったら教えてください。

「棋士には退職金はないのでしょうか。また、退職金に充てる積立金をされていますか」というコメント(5月20日)は《東京散歩人》さん。

私たち棋士は日本将棋連盟に所属していますが、一般的な意味の勤め人ではありません。わかりやすく例えれば、芸能事務所に所属するタレントです。出演(対局)する仕事の質量に相当するギャラ(賞金・対局料)をタレント(棋士)に振り分ける形です。したがって原則として棋士の退職金はありません。

ただ以前には、連盟が棋士の実績(主に順位戦のクラスで査定)に応じて少しずつ積み立てし、引退やフリークラス転出時に「慰労金」として支払う制度がありました。私は6年前にフリークラスに転出したとき、その慰労金をもらいました。一般的な退職金の10分の1ほどの金額(田丸の場合。個人差があります)でしたが、自分が積み立てたわけではなかったので、とてもありがたかったです。4年前に連盟が公益社団法人に認可されると、慰労金の制度は廃止されました。その後、現在は別の形で復活したようです。

「今年の5月に熊坂学五段が37歳で引退しました。あまりにも若くして引退に追い込まれるのは、かわいそうな気がします。せめて55歳ぐらいまで残れる仕組みを、棋士のみなさんで考えてくれませんか」という内容のコメント(5月15日)は《すずき》さん。

熊坂五段は2002年に四段に昇段しました。その後、C級2組順位戦で3期連続で降級点を取ってフリークラスに降級し、10年以内に規定の成績を収めてC級2組に昇級することができず、今年の3月で引退が内定しました。勝負運に恵まれなかったようで、最短の13年で引退となりました。C級2組は厳しい三段リーグを勝ち抜いた若手棋士があふれて競争が激化していて、近年は新四段でも降級点を取るケースがあります。

三段リーグの年齢制限規定は原則として25歳ですが、24歳で三段に昇段しても最少6期は三段リーグに在籍できます。その規定に倣って、四段昇段後に一定の年数(例えば25年)を保障する案が考えられます。ただ制度化される見込みはありません。

「熊坂五段が竜王戦の6組昇級者決定戦で5連勝して5組に昇級した場合、C級2組に復帰できたのでしょうか」というコメント(5月22日)は《駒田少佐》さん。

引退が内定しても竜王戦で5組に在籍していれば、2年間に限って竜王戦に参加できます(フリークラス転出者は除く)。ただ熊坂五段は今年の3月の時点で6組在籍だったので、それは適用されません。

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コメント

田丸先生。ご回答ありがとうございます。
>引退が内定しても竜王戦で5組に在籍していれば、
>2年間に限って竜王戦に参加できます(フリークラス転出者
>は除く)。ただ熊坂五段は今年の3月の時点で6組在籍だった
>ので、それは適用されません。

竜王戦5組にも昇級することが出来ないということは気づきませんでした。確かに、「引退年齢に達しても、4組以上に(5組なら二年間だけ参加可能)在籍」と書いてありました。件の記者や新聞記事も何も分かっておらずいい加減な記事を書いていたようです。
当然ながら、フリークラス陥落10年を超えて引退が内定した棋士は、その後いかなる成績をあげても順位戦に復帰することは出来ない、が正しいという事で良いのですね。

投稿: 駒田少佐 | 2015年5月25日 (月) 12時18分

熊坂五段の件ですが、5連勝で「いいとこ取り30局以上で勝率が6割5分以上」のフリークラス脱出条件を満たすという話だった気がします。

投稿: 通行人 | 2015年5月25日 (月) 23時57分

田丸先生、ごきげんよう
私は54歳、ちょうど、高橋道雄さんと同じ学年です。
職場から追い出され、ブルーです。
私の場合、諸般の事情から、給与はまだ出ています。
法律的にまだ社員なわけです。
しかし、実質的な仕事がなく、しょうがないので、将棋を指したり、
将棋イベントに参加したりしています。
自分次第で、お互いに人生をまだまだ謳歌したいものです。

投稿: フラッシュバック | 2015年5月26日 (火) 02時49分

確かに競技人生の長いものは先生の言われる通りです。芸能プロのタレントさんはいいですね。政治家、会社役員、お医者さん、職人さんなどの職業別では挙げられますが、競技、勝負となるとそうはありません。競輪選手やシニアスポーツ(年齢別)でしょうか。熊坂先生は残念でした。4段(C2)3期とフリークラス10年。この場合晩成型が燃え出してプロ挑戦?ということも可能なのでしょうか。とふと思いつきました。奨励会はプロではないという観点でアマで活躍でき、プロ挑戦がありますが、熊坂先生が1年発起されプロ4段に挑戦はどうなのでしょうか。引退してもプロ4段には変わりはないのでしょうか。(引退プロ5段かも知れませんが)となると「そんな馬鹿な」と笑われますね。ただ、何かあってもおかしくはないと思う将棋ファンです。

投稿: 千葉霞 | 2015年5月26日 (火) 11時37分

連盟棋士が安定した生活を享受し、穏やかな老後を過ごしたいという気持ちはよくわかりますが、そういう将棋ファンばかりではありません。ファンというのは無情で身勝手なものです。将棋ファンが見たいのは、温順で平穏な対局ではかならずしもありません。

ファンは、棋士が命を懸けて戦うところが見たい。命がけで戦い、負けたほうが死んでしまう。そういうのがいちばんおもしろいのです。古代ローマの剣闘士を例に出すまでもなく、ボクシングでも「力石徹」のように試合で死亡するのがおもしろい。あるいはパンチドランカーになって廃人となる。こういう試合を見て、ファンは興奮するのです。それでは悲惨すぎるということになり、レフリーは一度ダウンしただけで、すぐに試合を止めるようになりました。その結果、ボクシングの試合は面白くなくなりました。

将棋は頭脳労働なので、対局で死んだりすることはありません。しかし対局中、駒を握ったまま血を吐いて死ぬ。そういうのが本当は面白いのです。安定した生活を送り、血を吐いて死ぬこともなく、天寿を全うする。まことにけっこうなことですが、それでは伝説は生まれない。阪田三吉をのぞいて、将棋指しの中には物語になるほどの劇的な生涯を送った人は誰もいません。

真剣師の加賀敬治は新世界で野垂れ死にし、同じく真剣師の小池重明は酒と博打に溺れて狂い死にしました。ふたりとも四十代の若さです。だからこそ小池さんは小説になった。まことにおもしろい生涯だったからです。連盟に所属する棋士たちには、そういう劇的な生涯がもうありません。サラリーマンのようになっています。だから誰ひとり小説になることがない。今後もならないでしょう。

ファンは壮絶なる勝負師の姿が見たいのです。連盟の進む方向は、それとは逆になっているように思います。電王戦が無類におもしろかったのもそういうことでしょう。プロ棋士は沽券にかけて、コンピュータ将棋に負けるわけにはいかなかった。だから皆、悲壮な姿で対局していました。それがファンにはおもしろかったのです。

「研究将棋」や「ハメ手将棋」を除けば、プロ棋士が全敗に近い状況でしたが、そんなことは少しも問題ではないのです。多くの将棋ファンは、プロ棋士を懸命に応援しました。それはプロ棋士が、大げさに言えば「命がけ」で対局してくれたからです。私たちヘボ将棋には、むつかしいプロの棋譜などはわからないのです。そうではなくて、プロ棋士が悲壮な姿で戦うところが見たい。電王戦で負けたあとの記者会見は、まるでお通夜でした。だからおもしろかったのです。

かつて小池さんが若手のプロ棋士を圧倒したときも、将棋ファンは沸き立ちました。電王戦でも、同じような状況になりました。たかが真剣師ごときに負けるわけにはいかない。たかがコンピュータ将棋に負けるわけにはいかない。そう思ってプロ棋士が死にもの狂いで戦ってくれたのがおもしろかったのです。連盟棋士の内々の対局では、たとえ名人戦でもそこまでの緊張感やおもしろさが感じられません。

小池さんやアマ将棋連盟に対して逃げ腰であったのと同様に、今またコンピュータ将棋に対して将棋連盟は逃げ腰です。危険な外界との戦いはできるだけ避けて、内々の牧歌的な世界に閉じこもろうとする。将棋ファンの目から見れば、連盟内部の安穏な戦いだけに逃げ込もうとしているように見えます。

プロ棋士の生活や老後を心配してくれる暖かい将棋ファンもおりますが、そういうファンばかりではありません。連盟が棋士の互助会であることは理解していますが、あまりにそちらに傾きすぎると勝負のおもしろさが薄れてしまいます。別に血を吐いて死んでほしいとは言いませんが、老後とか退職金とか聞くと興ざめしてしまいます。そういうのは平凡な役人や会社員の話であって、勝負師がそれでいいものかどうか。今は絶滅した真剣師たちのほうが、よほど勝負師らしい生涯をおくったのではないでしょうか。

古臭く、時代遅れのことを色々と申しました。長文で失礼いたしました。

投稿: 田舎初段 | 2015年5月27日 (水) 13時34分

神田辰之助九段は、昭和18年、50歳の時に木村義雄名人に挑戦しました。当時は主流である関東の棋士と非主流である関西の棋士との間は決して平和ではなく、結核が重症化していたらしい神田九段は文字通り決死の覚悟で名人戦に臨んだようです。

神田九段は対局の間に何度も血を吐きながら指し続けました。
七番勝負は木村名人のストレート勝ちで終わりましたが、神田九段がきちんと最後まで指す形で終わったようです。

神田九段はその年のうちに亡くなりました。
「盤の前で死んだ」と言って良いでしょう。

私はそういう悲愴な勝負より、たとえば羽生vs渡辺の人智を尽くした対決を望みます。

渡辺竜王・羽生名人(いずれも当時)が初代永世竜王をかけて激突し、渡辺竜王が栄冠に輝いた一局を天童に見に行きました。

一分将棋になった頃、解説者の藤井九段が「もう私には何が何やら分かりません」と無言になり、会場のお客さんが聞き手の中村桃子女流に「桃ちゃん、さあ解説解説!」と促して大爆笑と成っていたのを思い出します。
日が暮れた晩秋の天童で、解説会場が人いきれで暑くてたまらず、ホテルの人に窓を開けて貰ってちょうど良かったです。
あのような大勝負、また見てみたいものです。

投稿: オヤジ | 2015年5月27日 (水) 19時26分

田丸先生の現役勤続44年は賞賛に値するものがあります。
何しろその6割近くにあたる26年間もB級2組以上を維持し続けましたから。

先日の淡路仁茂九段の引退対局(竜王戦5組残留決定戦・対森けい二九段)では、淡路九段が持ち前の正攻法急戦で森九段を破り、有終の美を飾りました。

この対局は、スマートフォンでも中継され、感想戦を終えた後のインタビューで、淡路九段が久保九段をはじめとするお弟子さん達に労われる場面もアップロードされましたが、41年間の最後の花道に、こみ上げてくるものがありました。

田丸・昇・獅子丸・ロン毛丸・ライオン丸先生が来年の4月ないし5月に迎える現役最終局も、淡路九段の引退対局と同様に「45年間の最後の花道を飾った」と感動できる対局となることを、願ってやみません。

投稿: 柳 信志 | 2015年5月28日 (木) 12時08分

熊坂五段が短年数で引退になったことについて酷であるというご意見がありますが、これもひとつの意見にすぎませんが、私はそうは思いません。危機感や努力が全く足りなかったのではないかと考えてしまいます。棋士という職業は会社員や公務員等とは違います。そのような状態を救済する必要はないのではないでしょうか。その道がとても好きで、才能があり、努力し、また運もあり、つかんだ棋士という座だと思います。また将棋が好きな人にとっては、将棋棋士という職業は非常に羨ましくみえます。なぜずるずると滑り落ちるだけなのか、おおよそ理解できないというのが正直なところです。
私は会社員ですが、会社で生き残るため、そして生活できる給与を何とか保つため、絶えず緊張しており、必死に働き、オフの時も勉強し、で、心から趣味を楽しむというような時間もとれません(まあ能力が全然足りないといえばそれまでなのですが…)。会社員に限らず、そういう境遇の方も多いかと思います。

投稿: 地蔵流2 | 2015年5月29日 (金) 00時00分

いや~、今回のコメントは「壮絶な戦い」を望むお方が騒いでいますね。また、棋士が安楽な余生を送るのを見たくない、棋士とはそんなものではないという時代錯誤なコメントで驚いています。いつまでもやくざな稼業ではならないのは御存じの上で個人的な意見なのでしょうが過激ですね。「健全なスポーツ」の中にプロのすごさを見せて楽しんでもらうでいいのではないですか。指し手の応酬は迫力あります。あの盤面の上での戦いで壮絶感、臨場感、うまさを見られるのはいいですね。途中で血を吐いたり、プライベートな生活が酷いというのはその方の人生です。阪田翁のストーリーはあくまで小説の世界といわれています。取り上げた作家の作り上げたものとも今ではいわれています。フィクションが有名になったのですね。小説になりにくい棋士ばかりとは悲しいですね。棋士よりもっと面白い題材があるとか、作家さんの想像次第でしょうね。探偵小説では将棋が主役になったものがあります。案外難しい題材かも知れません。将棋に興味があって少しは好きにならないと、羽生さんや大山さんを書こうと思っても棋譜を交えないといけない場面もあり、「武蔵が大上段から振り下ろした櫂が小次郎の額を割った」と画像を想像させる描写は将棋ではたいへんでしょう。棋士に苦痛感、壮絶な盤外の姿を求めるのはフアンでしょうか?7番勝負なりを後に評して「○○の壮絶な戦い」と(内容は盤面上のみの応酬手の凄味)見聞きするのでどうでしょう。盤面注目、指し手注目、妙手注目。私自身も将棋の前後ストーリーが大好きです。指し手はよくわからない時があります。将棋談話はなおいいですね。対局中継中も「あれっ?記録の横の女子誰?記者さん?…」と独り言いっています。行方さんは血を吐きそうですね。緊張するとのど、鼻あたりのアレルギー的なものが意識されて「痰からみ、咳、空咳」となるのでしょう。あまり強くされると血は出ますね。気を付けていただきたいです。

投稿: 囲碁人 | 2015年5月29日 (金) 11時50分

このブログはある程度田丸先生の内面(棋士の)を拝見できる、質問できるものだと理解しています。ですので、棋士の生活面を聞いてみたくなるのは当然でしょう。そして、それに答えずらいながら棋士の対面を保ちながら応えてくださる先生には感謝します。何を言いたいかといえば、棋士の血を吐く姿、壮絶な戦う有様こそが将棋の醍醐味といわれる諸兄、それは違う気がする。血を吐いて盤上に倒れるのが面白い?将棋の結末は?確かに対局途中で血を吐く、病だったのでしょうか後日亡くなってしまった。気の毒で、もっと活躍してほしかったと私は思います。面白くはないですね。楽しみ方はそれぞれですが、伝説と実際は違うことが多いです。割と若い棋士で亡くなっている棋士がいましたが、病気が多いですね。壮絶とかの文字が並んだことも記憶していますが、病院での闘病状況です。病を隠して(病名は公表)、結構つらい体調だったのは米長先生でしょうか、大山先生もそうでした。逆に盤前では倒れないという雰囲気。見えないところでの己、病との壮絶な戦いが想像されます。駒を持っては倒れませでした。立派でした。実際、駒を持ったまま倒れると「棄権でしょうか」相手や周りに迷惑をかけます。そんなことはしないのもプロの真剣な姿勢でしょう。小説は将棋人気を高めましたが、イメージは大山時代、中原、谷川時代となり、羽生さんに至ってグンといいイメージになりました。フイクションでは将棋になりません。将棋はノンフイクションなのです。小池重明氏は少し前にここでもよく解説されていたのを拝見しました。プロになるには大変ですね。瀬川さんともう一人がなられました。小池さん、今のルールならどうでしょう。(合掌)

投稿: 東京散歩人 | 2015年5月30日 (土) 11時23分

またまた可笑しな展開か?田丸先生の引退後の過ごし方や棋士の引退後の福利厚生的なことを聞いては悪かったようなご指摘マンさん!比喩で?「血を吐いて」と芝居もどきが好きを賛同はできない派がいてもいいのでは?実際、コメントされているように盤面で想像されることが「壮絶な戦い」をですね。駒の動きが壮絶であるのです。たまたま指し手の棋士が体が弱かったか、病気に侵されていたかの状況で、途中で具合が悪くなり直後に亡くなったということは何かで読んだ記憶があります。事実か小説かは定かではありません。ただ、ここでのブログへの先生の回答は言いづらいことを、勝負師としては裏の話をされたのだから、それを勝負師としては云々といわれるのはどうでしょうか。結構先生は棋士の普段話まで公開されるので、また棋士の考え方を離されるのでとてもいいブログだと思います。勝負師だからみっともないと思われる御仁はここのブログには合わないのでは!どの一流棋士さん(ブログ公開されている場合)のブログも勝負師という感はないですね。素人が楽しめるブログを書かれています。あまり将棋にこだわらない内容も多いです。また、嫌なコメントは載せませんね。私のこの程度でも載りません。ここのブログは変に自己主張や仕切りをする場ではないです。田舎初段さん、元ROM専さんよりは囲碁人さんと東京散歩人さんに賛成ですね。私は特に田丸先生を擁護しているわけではないですが、棋士は引退しても棋士ですが、霞を食べて生きていくわけではないので「貯え・収入のあて」などを聞いたりするのは「棋士」という職業の方に聞いてみたくなるのは自然でしょう。私らから見ればスターさんですから「その先は触れない方がいい」もありますが、同じ世代ですとさてこれからの5年、10年どうされるのだろうかは興味のあるところです。引退、それからは表に出なくなり、皆の記憶から忘れ去られ…はないですね。今の時代ですと田舎初段さんの「真剣師の加賀敬治は新世界で野垂れ死にし、同じく真剣師の小池重明は酒と博打に溺れて狂い死にしました」これは事実でしょうか?これが「まことにおもしろい生涯だった」将棋の勝負とあまり関連がなさそうな表現ですね。将棋に対する思いもあっての人生だったでしょうが面白いと思い小説にされた人はどんな面白みを感じられていたのでしょうか。読んでいないので分かりません。お二人はプロ前の方なので壮絶なというイメージは持ったことはなかったです。どなたかでしたか真剣師からいわゆる表の勝負、アマ名人などに出、そこで実績をあげプロになることを模索されていたということを読んだ覚えがあります。もしかしたら小池さんだったかもしれませんし、全く違ったアマトップ(真剣師も含む)だったかもしれません。元ROMさんは田舎初段さんの言を「喩」なんだと言われていますが、田舎初段さんは「実名をあげて」この死にざまなのだ…としています。喩にしてはどうでしょうか、違いますね。私も記憶曖昧です書きましたが、元ROMさんの方がプロ棋士で「血を吐いて」、いわゆる対局途中や対局直後に倒れて亡くなった棋士などの話は詳しいのではないでしょうか。是非そのようなエピソードをご存知でしたらご披露ください。田丸先生擁護派(このブログ大好き派)を怒らないでください。賛成、反対は話の内容次第でどちらにもなると思われます。宜しくお願いします。

投稿: 田舎棋士 | 2015年5月31日 (日) 15時55分

わたしの前回のコメントが大きな波紋となってしまったようで、ご迷惑をおかけしました。

 わたしは現代のプロ棋士がつまらないとか、会社員風になったとは思いません。
 個性もあり、悔しがり、突っ張っている方もいて、それが魅力になっていると観ます。
 盤外でも戦っている棋士がいました。
 その棋譜を見て、並べて、ファンは一喜一憂します。
 だから、若い棋士も(フンガッー)と突っ張って欲しいです。
 そういったエピソードがファンにとってたまらない魅力なのだと思います。
 それには伝える人が必要なわけで、そうやって過去の伝説も生まれたのではないでしょうか。

投稿: すずき | 2015年5月31日 (日) 19時52分

田丸さん こんばんは。
ご無沙汰しています。
久しぶりにブログを拝読して、来年春に棋界引退のご意向を知りました。
お疲れさまでした。感無量です。
荒川一中の職員室で教師と将棋を指しているお姿をかいま見ていましたが、その頃から連盟九段にまで上り詰めた将棋人生に敬意を表します。(私の師匠だったし)
またお会いしてゆっくり人生を語りましょう。都電の傍の居酒屋あたりで。

投稿: 秋葉 均 | 2015年12月 6日 (日) 01時04分

私は見る将でありまして、いわゆるまとめブログや電王戦から将棋に興味を持った者です。今更ながら、棋士たちの外界への発信(ブログやtwitter)を興味深く読んでいるところです。
田丸先生は、優しいので(或いは、棋界特有の空気読んだ故に、或いは、子供ではなく大人でありますので)、こういう言い方をされるのだと思いますが、熊坂先生が引退に追い込まれたのは、「勝負運に恵まれなかった」からではありません。「運が悪かった」から、引退されたわけではありません。

投稿: lot | 2016年7月15日 (金) 14時06分

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