将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2015年4月 1日 (水)

田丸が将棋連盟の会合で名誉称号などを提案、升田実力制第四代名人の称号

【追記・4月6日】
4月8日・9日に行われる名人戦(羽生善治名人―行方尚史八段)第1局で、田丸が8日の「ニコニコ生放送」で解説を務めます。放送時間は9時~封じ手(18時半頃)まで。

私が昨年12月19日のブログで名誉称号をテーマにしたところ、「名誉昇段や名誉称号は大変いいことのように思います」(12月24日・古代子孫さん)、「九段昇段後に現役・引退を問わず存命中に30周年を迎えた棋士を名誉十段にする、などの規定を提案します。田丸九段から将棋連盟に提言していただきたく思います」(1月5日・S.Hさん)などのコメントが寄せられました。

「関西には若松正和七段(谷川浩司九段の師匠)、田中魁秀九段(佐藤康光九段、福崎文吾九段の師匠)、淡路仁茂九段(久保利明九段の師匠)、森信雄七段(糸谷哲郎竜王の師匠)など、タイトルを獲得した棋士を育てた《名伯楽》がいます。こういう師匠を表彰しなくてはいけません」(1月23日・散歩人さん)、「中井広恵女流六段が1月22日の対局に勝ち、女流棋士初の公式戦通算600勝を達成しました。この記録は男性棋士に比較すると1000勝の価値がありそうですね。中井さんは今はフリーの立場ですが、連盟は表彰されるといいですね」(1月24日・田舎棋士さん)という内容の両コメントは、大棋士を育てた師匠、大記録を達成した女流棋士を表彰する提案です。

私も以前から、以上のコメントの内容に賛同する考えでした。そこで1月下旬の「月例報告会」(連盟の役員会が活動状況を棋士に知らせたり、棋士が質問や意見をすることができる会合。東西の会館で定期的に行われます)では、次のように述べました。

「九段の棋士の中には、タイトル獲得の実績がある、昇段してから30年以上たった方がいます。そうした棋士には、名誉十段や名誉称号の称号を付ける制度を作ったらどうでしょうか。今年3月で引退することを表明した内藤国雄九段が、その時点で名誉称号を取得すればちょうどいい機会です。また、タイトルを獲得した棋士の師匠には、何らかの形で表彰してほしいと思います。谷川さん(連盟会長)は自分から言いにくいでしょうが、後進を育成する良い励みとなります。中井女流六段が600勝を達成しましたが、一定の実績を挙げた女流棋士には、立場に関係なく表彰してほしいと思います」

私は、以上の3点(①九段の棋士の名誉称号②タイトル獲得者の棋士の師匠の表彰③実績を挙げた女流棋士の表彰)を提案しました。中でも内藤九段の引退が迫っているので、①は早急に検討してほしいと言いました。

役員会のある理事はそれについて、「有意義な提案、ありがとうございます。すぐできることと、できないことがありますが、検討させてもらいます」と答えました。

そして2月の月例報告会では、その理事は「田丸九段が提案した名誉称号の制度化は、現時点では難しい状況です」と述べました。当の内藤九段が名誉称号を辞退したようです。私が提案した前記の3点は、今後は継続案件として再検討されることを願っています。

1980年代の半ばの頃、将棋界には現名人、前名人(以前は名人を失った棋士は1年間、その称号を名乗りました)、大山康晴十五世名人、升田幸三元名人と、4人の「名人」が存在していました。そのうち升田元名人は自称でした。

そうした名人が林立する状況に、批判的な声が棋界内外にありました。当時の連盟理事会(大山会長)は苦慮した末に、88年に「実力制第四代名人」の称号を升田に贈ることを決めました。同年4月に将棋会館で贈位式が行われましたが、升田は欠席しました。升田の弟子の桐谷広人七段が代理で贈位状を受け取りました。

S.Hさんは内藤九段の著書を引用して、「升田先生はしぶしぶ受け取ったとか…」というコメントを寄せました。私は詳しい事情は知りませんが、連盟と升田がともに妥協した肩書だったようです。升田は新しい称号について、ノーコメントを貫きました。

またS.Hさんは、その制度を継承して、米長邦雄永世棋聖には「実力制第八代名人」の追贈、加藤一二三九段が引退したら「実力制第六代名人」の贈位を提案しました。原則論としては当然の考えですが、実現する可能性は少ないと思います。

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コメント

『2月の月例報告会では、その理事は「田丸九段が提案した名誉称号の制度化は、現時点では難しい状況です」と述べました。当の内藤九段が名誉称号を辞退したようです。私が提案した前記の3点は、今後は継続案件として再検討されることを願っています。』
:将棋連盟も残念な組織に思えます。ファンあっての連盟を少しは気に留めて欲しかったなと思います。内藤先生にどうお話したのか分かりませんが、無理にでも贈位するべきでしょうね。谷川会長は何も気にならないのでしょうか。関西の勇「有吉、内藤」と大先生の引退が続きます。せめて特別大功労賞はだすべきでしょう。今度こそは!紙1枚なのに残念ですね。田丸先生ご苦労様でした。

投稿: 田舎棋士 | 2015年4月 1日 (水) 11時01分

升田先生が名誉名人称号を辞退されたのは有名な話で
小菅剣之介や土居市太郎と同列なのがご不満だったといわれてます
伊藤看寿や坂田三吉と同列の贈名人ならば
ヒゲの先生もまんざらではなかろうと思うのですが

投稿: げき | 2015年4月 1日 (水) 12時25分

将棋ペンクラブのブログを拝見すると、「実力制」には、深い意味があるようです。『名人三期もしくは名人二期で抜群の活躍をしたもの』と実力制の定義をつけ、とあります。記事は次のリンクより
http://shogipenclublog.com/blog/2014/12/29/masuda-4/

日本棋院を参考にして、「現役で60歳以上に達したとき、もしくは引退時に名誉称号を名乗ることができる。」としてはいかがでしょう。
http://archive.nihonkiin.or.jp/match/2007/05/post_48.html

投稿: 通りすがり | 2015年4月 1日 (水) 12時31分

こんにちわhappy01papernote。田丸先生、私のコメントを多数起用していただき、ありがとうございます・・・ちょっと照れますねcoldsweats01。ちなみに冒頭の『1月5日』は違いまして、『1月15日』ですcoldsweats01。『1月5日』は『未来論』を書いていますので、先生はじめご興味のある方はぜひ読んでください(宣伝になってすみません)・・・改めて1月15日を読むと、長文になり失礼しました・・・もう2ヵ月半も前ですが、書いた本人はすっかり忘れていました(失礼)。その間、丸田先生が旅立たれたのはつらいですねcrying・・・丸田先生なら『名誉名人追贈』でもおかしくないと思いますが・・・それと内藤先生の名誉称号辞退、となると今後の九段の先生方もそうしていく傾向は強いですね・・・文の最後に『現実する可能性は少ないと思います』とありますが、文中の『再検討されることを願っています』・・・私も同感です。田丸先生、連盟への提言、ありがとうございましたhappy01papersign03

投稿: S.H | 2015年4月 1日 (水) 16時19分

実力とは違う要因が強い名誉称号は、プライドが受け付けないのでは?という気もします。
無理に贈るのはおかしい気がします(名乗ってくれなければまったく意味がありません)。


永世称号と九段の中間的位置づけで中途半端なイメージもあります。
それこそ称号の乱用につながるのでは?という意見も出てきそうな気がします。


個人的には九段を引退棋士規定ではなく現役で取得できれば、九段でも十分名誉称号のような気もしますが。
(囲碁みたいに雨後の筍のようにたくさんおられるとそうではなくなってしまいますが)


難しいとは思います。
あと、「元名人」の称号を使われると升田先生がおかんむりになりそうですが。

投稿: 通行人 | 2015年4月 1日 (水) 22時48分

升田幸三先生の「実力制第四代名人」称号については、経緯を知ることができて田丸先生には感謝いたします。また、12月19日の記事も今回も共感するところが多くありました。ただし、規定で得た段位や永世称号が存在することですし、それらと紛らわしくない称号であればと思います。いっそのことタイトル名や段位が付かない名誉称号を作ったらどうでしょう。しっくりした表現が難しそうですが・・・。

投稿: 高田直江 | 2015年4月 2日 (木) 00時11分

女流棋士は通常なら女流五段までしかなれませんが、抜群の成績と実績を理事会で審議して女流六段以上という制度があります。これが実績を挙げた女流棋士の表彰に近いかなと思います。
勝数の話なら600勝で将棋栄誉賞、800勝で将棋栄誉敢闘賞、1000勝で特別将棋栄誉賞という表彰が棋士には既にあるので、それと全く同じことを女流棋士にも当てはめたらいいのではないでしょうか。

投稿: parute | 2015年4月 2日 (木) 01時33分

私以外ではなかなかいい提案が出ていましたが、すべて継続検討になってしまいました。残念です。師匠(名伯楽)の表彰は連盟の土台を支えているのですから普及功労賞でよかったのですが。名誉称号、贈位号もしかりですね。実力制はあまりピンとこない称号ですね。その前は家元制でしたが実力がなかったと誤解されそうですが、これもご検討の上での称号名でしょうから、もう少し検討された方がよかったのではないでしょうか。十段号も囲碁界のように検討の中に入れてみてはどうでしょうか。タイトル名でないのですからふさわしい実績の棋士には贈位されてもいいのではないでしょうか。田丸先生のご尽力に感謝します。

投稿: 散歩人 | 2015年4月 2日 (木) 13時22分

制度化するとしたらどの程度の実績が必要か考えてみました。
まず、昔から「○名人」の称号は結構あるので、
終身制の時代と実力制の現在を対比し、整理してみます。

終身制→実力制
名人(九段・将棋所)→永世名人(名人5期)
名誉名人・贈名人  →実力制第○代名人(永世名人に準ずる実績)
半名人(八段)    →名人経験者(名人1期)
それ以外の強豪(七段)→それ以外の九段(名人0期)

よって、名誉称号や「実力制第○代名人」は、
どうしても「永世称号に準ずる成績」が必要だと思います。
(内藤九段の「王位2期、棋聖2期」はやや物足りない気がします)

なので、「元名人」「元王位」などタイトル経験者の称号を、
正式に設けるのが落とし所ではないかと思います。
(多過ぎて煩雑になる気がしないでもありませんが)

投稿: coa | 2015年4月 4日 (土) 23時23分

電王戦は「全然ダメでした」。午前中でもう良くない判断が素人目にも感じました。終盤でも銀で馬を取った手も「人相手」ならこういくと「気合」的なことでしたが「相手が機械」だから「気合」など何とも思わず「冷静に」指すと解説で言われていました。「はっとさせる手」は機械には通用しないということですね。正しい「手」を指さないと負けますね。2人続けて「完敗」とは言葉がありません。2勝2敗はホントは1勝3敗とどなたかがいいそうですが、反則勝は?と思います。1-3が正しいかも知れません。
: coaさんの「制度化するとしたらどの程度の実績が必要か考えてみました。」はいい案ですね。さらにプラスαしていただけるといいのですが?といいますのも、将棋の発展、普及面です。本人そのものが人気棋士になって人々が将棋に関心を寄せるようになったなどがあります。大山先生、中原先生、升田先生、有吉先生、内藤先生、加藤先生、米長先生、二上先生、谷川先生、羽生先生、佐藤先生、藤井先生、屋敷先生と人気棋士をあげると枚挙にいとまがありません。大山先生の時代にはもっと挙げなくてはなりません。それ以前もです。そして中原先生時代の棋士ら、谷川先生の時代、羽生先生の時代とそれぞれに戦った、戦っている棋士達、相手合っての勝負ですのでタイトルを獲得、それが多いだけではない「将棋人気」を支えた「力」も実績としたいところです。引退棋士が昇段する例がありますが、九段の先生では昇段のしようがありません。散歩人さんの普及功労賞、将棋功労賞か終身名誉会長などのように称号以外での贈呈は考えられないのでしょうか。「はいさようなら」ではいかにも「将棋一筋」が寂しくなります。「名誉」にこだわるわけではありませんが」でも「棋士先生」方には引退後も好々爺ではなく「棋士」にこだわってほしいと思います。現役棋士らもそれを支えていくべきではないかと思います。「N氏の院政」と一部に噂されたこともありますが、大先輩達が(物言う)監査役(棋界)、審判役(棋界)、相談役(正式な)とされる道も肝要ではないでしょうか。現実にも設置されているとは思いますが、公では機能されていない向きも聞こえてきます。数々並べましたが、部外者のたわごとも盛りだくさんでしょうが、記憶に留めて何かの参考にされるとありがたいです。称号…いろいろありますね。

投稿: 古代子孫 | 2015年4月 5日 (日) 10時54分

「よって、名誉称号や「実力制第○代名人」は、どうしても「永世称号に準ずる成績」が必要だと思います。(内藤九段の「王位2期、棋聖2期」はやや物足りない気がします)」と coa さんの意見。確かに正論でしょう。内藤先生は3期タイトル獲得で九段になっています。九段の先生でこれは案外少ないんですね(永世称号獲得者を除くと)。名人1期獲得九段、八段昇段から250勝九段が主な九段昇段規定ですね。ただ、これらも大変なことです。タイトル3期以上獲得したら、名人は5期以上、王将は○○獲得すればなど永世称号(王座は名誉)規定は決まっていますが、それ未満はないのです。内藤先生、二上先生などはその例です。挑戦即獲得はそうありません。挑戦失敗は多いです。挑戦数も実績とカウントされては?…棋士が亡くなった時に「十段・九段」を贈位されています。せめて存命中(失礼しまた)、引退時に現段位以上の名誉称号を新たに考案されて贈位されてはとしみじみ思います。囲碁界は粋でしたね「米長先生に囲碁八段(アマ?)」を贈位されました。これは亡くなってからでしたが、高段位を贈位されたのは感動しました。囲碁の方が頭が柔らかいのでしょうかと思う次第です。田丸先生のご尽力ありがとうございました。

投稿: 千葉霞 | 2015年4月 6日 (月) 19時19分

米長永世棋聖に日本棋院が追贈したのはアマ八段の免状です。

連盟は「アマ九段を追贈してくれないか」と棋院に打診したそうですが、それはさすがに、と八段免状に留まったとのことです。将棋世界の米長永世棋聖追悼号に書いてあったように記憶します。

ただしアマ八段の免状も通常は有り得ません。将棋界だと、将棋の後援者として長年の功績があった澁谷守生氏(元都議会議長)に卒寿の記念に贈られたのが最近の事例です。

将棋界でも囲碁界でも、プロの免状とアマの免状は一見して識別できます。将棋界では書式が違い、囲碁界では書式に加えて文言が違います。ただし、大正くらいまではプロとアマの免状は分離していなかったそうです。

投稿: オヤジ | 2015年4月 7日 (火) 13時32分

田丸先生、こんにちは。称号について、多くの人が田丸先生に賛同しています。田丸先生のお気持ちも、賛同する将棋ファンの気持ちもよくわかりますが、私はあえて反対の考えを述べさせていただきたいと思います。

将棋連盟が与える段位や称号は、インフレの一途をたどっています。取り返しがつかないほどのインフレ状態です。その昔「A級八段」という言葉があり、A級に上った棋士だけが八段になりました。B1どまりの人は、どれほど歳を取っても七段でした。九段は名人になった人だけが名のる段位だったように記憶しています。

永世称号は引退したあとに初めて名のるものであり、現役のうちから永世称号を名のる人は誰もいませんでした。

大山さんが王将位を取られて無冠になったとき、大山九段となりました。そのあと連盟は奇妙な理屈をつけて大山さんに永世王将を名のらせました。大山さんも平然とその称号を名のっていたようです。大山さんの業績が大きくとも、それはすでに過去のものであって、現役棋士としてひとつもタイトルを持っていないのですから、ただの大山九段であるはずです。連盟は政治的な判断から、永世称号を名のらせるという挙に出たのだろうと思います。大山さんが決まりを破った先例になりました。

同じころ九段の規定が大幅にゆるめられ、二上さん、加藤一二三さん、内藤さんといった名人になったことのない人が九段になってゆきました。インフレの始まりです。九段の価値が大きく下落したので、升田さんが文句を言い出しました。しかし升田さんには、永世称号を名のるほどの実績が過去にありません。ただの九段でいいところ、連盟はまたも「実力制…」というような奇妙な称号を創出して、升田さんに授与しました。そのあと中原さんが大山さんに続いて、現役のうちに永世称号を名のりました。米長さんもこれに続きました。

インフレはどんどんひどくなってゆきます。段位が順位戦と連動しなくなり、一度もA級にのぼらなくても八段になれるようになりました。かんたんに九段になれるようになり、今では八段より九段の人のほうが多いくらいです。

永世称号は、引退した棋士が名のるものです。現役のうちから「過去の栄光」を誇るのは、勝負師として良いこととは思えません。全盛期をすぎて力が落ちてきているとはいえ、その人は現役の棋士なのです。あくまで引退してから、綺羅を飾るべきものだと思います。

棋士はそれほどまでに、称号をほしがるものなのでしょうか。実力の世界に生きるはずの将棋指しが、過去の栄光をかさに着て、空しい「永世称号」を現役のうちに名のることの寂しさはどうでしょう。将棋界の顔であった大山さんや中原さんが、現役のままで永世称号を名のったのは非常な悪例だと思います。称号を名のりたければ、タイトルを取ればよい。できないのなら、それが実力です。どうして堂々と九段を名のらなかったのか、不思議でなりません。

内藤さんが称号を辞退したというのがほんとうなら、立派だと思います。また谷川さんも永世称号を名のっていません。谷川さんは連盟の会長ですから、いくらでもお手盛りで特例をつくることができるのに、それをせずに堂々と「谷川九段」を名のっているのは、当然とはいえ立派だと思います。当然のことが立派に見えるほど、今の将棋界はゆるんできています。

仮に羽生さんがタイトルを全部失って、ただの羽生九段になったとしても、羽生九段がほかのたくさんいる九段と同列だと思う人は誰もいません。将棋ファンはちゃんとわかっています。「升田実力制…」よりも、ただの「升田九段」のほうがどれほど涼やかで恰好のいいものか、升田さんにわからなかったのがほんとうに不思議です。

色々と失礼なことを書いてしまいました。古い将棋ファンの戯言だと、お笑い捨てください。長文で失礼いたしました。

投稿: 田舎初段 | 2015年4月 7日 (火) 13時56分

オヤジさんありがとうございます。「米長永世棋聖に日本棋院が追贈したのはアマ八段の免状です。連盟は「アマ九段を追贈してくれないか」と棋院に打診したそうですが、それはさすがに、と八段免状に留まったとのことです。将棋世界の米長永世棋聖追悼号に書いてあったように記憶します。ただしアマ八段の免状も通常は有り得ません」連盟もこういう時は要求するんですね。(今回の田丸先生の提案否決とはやや矛盾を感じます)田舎初段さんの意見も私とは反対ですが、なかなか説得力がありますね。ただ諸事情があり、規定を改正して九段昇段を増やしたのは時代性ではないでしょうか。名誉十段を作ってもこれまたたくさんの十段が生まれそうです。でも現役名人は十二段ですから(といわれていますね)十段位が増えてもいいのでは?「棋士はそれほどまでに、称号をほしがるものなのでしょうか」は間違いだと思います。私らファンがブログにコメントしたせいでしょう。九段のインフレ(?)の時も連盟やスポンサー、支援者、ファンの要望があったからではないでしょうか。その時の必要性が産んだものではなかったかと思います。確かに江戸時代では八段名人、その他は七段までですから、実力制になってから八段、九段も増えたようですね。ただ九段戦(タイトル:十段戦に移行:竜王戦へ)がありましたのでそう簡単には私には判断できません。
名誉名人、名誉王将など棋界功労者に贈られた例もあり(将棋手帳に掲載)連盟の運営上での経営戦略の一つでもあるのでしょうか。歴史と伝統と格式や権威付めいたものも名誉称号にはあるのではないかと思われます。「名誉称号の贈位に賛成!」happy01

投稿: 千葉霞 | 2015年4月 7日 (火) 18時28分

将棋棋士の名誉称号の件

引退後30年の年限よりも勝負師らしく 1000勝を区切りで
10段とすればよいと思います。

加藤一二三九段、羽生名人、谷川九段が現役では該当します。
佐藤康光九段があと、41勝で1,000勝に到達します。
内藤九段も,1,000勝が基準なら受けられたと思います。

例外規定はあまり好ましくないのですが、タイトルをバラバラで
5期以上獲得の棋士も該当させても良いと思います。

何れも実績がそうそうたる棋士ばかりで文句の付けどころは
無いように思われます。


投稿: saku-saku | 2015年4月 7日 (火) 19時40分

連盟が「実績を点数換算して30点以上の者を九段とする」と、「名人二期で順位戦の成績抜群」以外で九段に昇れるようにしたのは、その頃に囲碁界で九段が量産されて、将棋界との均衡が崩れてしまったことが背景にあります。

ちなみに「名人二期」「実績を点数換算して30点以上」のみが九段昇段条件であれば、現在の将棋界の九段は半減する、とどこかで聞いたように思います。加藤一二三先生が「30点基準は、とても厳しい基準でした」と言われるのは理由があることです。

囲碁界では、昭和10年くらいに作った「大手合の成績による九段昇段」の規定が、30年ほど経ってから大量の九段を生み出すことになり、現在は「囲碁棋士の中で九段が一番多い」という訳の分からない状況になっています。囲碁界でもさすがに問題視したようで、平成になってから大手合を廃止し、九段昇段のハードルを高くしたようです。

投稿: オヤジ | 2015年4月 9日 (木) 13時43分

田丸先生、ご苦労様です。称号問題に九段昇段も絡んでいささか盛り上がりを見せていますが、連盟が「称号贈位」は必要なしとなった以上は仕方がありません。ファンにも賛否があるようですので(賛成が多いか?)これは終了ですね。「ダメなものはダメ」と土井たか子女史が言ったように連盟の現行幹部(役員)が「提案は没」だそうですから外野(扱いか)が騒いでもダメですね。将棋手帳に名誉称号が増えると思っていましたが残念です。現在九段28人プラス3人。名誉名人2名。贈名人2名。名誉十段1名。贈王将1名。名誉九段5名。現役九段はそれこそ一斉風靡された方、特徴的な将棋で人気を博しました。称号贈位の方は功労者が多いですね。江戸期では伊藤看寿のみというのはあれっ!ですが。塚田名誉十段あたりが実際には強かったのでしょうか。いや反論ありですね、土居、金、などなど贈位棋士は皆強かった。阪田はどうかなど名誉称号の人物たちを見ていると様々思い出されます。そんな楽しみもファンの将棋なのだと思います。プロ棋士の先生方には分からない面ですね。「見る」「読む」「調べる」そして「指す」将棋は色々です。「あなたが選ぶ名誉称号」「あなたは誰に名誉称号を?」なんて夢でしょうか。徳川家康に何か贈位していましたね。これは間違いでは?スポンサー(雇い主)に贈位はないでしょう。と愚痴りました。

投稿: 囲碁人 | 2015年4月10日 (金) 11時49分

いろいろと(しかし、こういう建設的な議論が続くのは見ていて気持ちがいいですね)

・1000勝は特別将棋栄誉賞があるので、名誉称号の基準は微妙では。年数も勤続表彰があったような。

・升田先生の「元名人」の自称について批判的な人がいますが、これは升田先生の『名人』に対するこだわりとプライドの現れではないでしょうか。別の方が書いていますが「名人になったことのないやつと同列に扱うな」という誇りがあると思いますが(升田先生は他の永世称号持っていたとしても元名人を名乗りそうですが)。

・名誉称号の制度化は個人的にはあまり好ましくありません。「国民栄誉賞」を見ればわかります。最高峰の賞にもかかわらずあれほど政治色満々でうさんうさすぎて尊敬があまりされない賞はありません(苦笑)
あれみたいに下手に曖昧な基準を作れば「なんでこの人に挙げて、この人にあげないんだ」みたいな非常にくだらない論争が『確実に』起こります。そんな賞だれも受け取りたくありません。
じゃあ、厳密な基準を作ればいいかというと、やっぱり永世称号と九段の間にもう一階層(段位十段)作ることになりのはインフレに拍車を掛けるような気がします(最高段位でなくなる九段の価値は確実に暴落します)。

・「棋士はそれほどまでに、称号をほしがるものなのでしょうか。」そりゃ、欲しいでしょう『実力でとれるものならば』。実力で取ったものだから、名乗ってもいいのでないでしょうか(もちろん九段を名乗ることもいいことだと思います)

・大山十五世は無冠になったときにあまりに実績がありすぎて『周りが』「九段」と呼んでいいのか、という話だったと記憶しています。いまで言えば羽生先生が無冠になったときに「九段」と『周りが』呼べるか、という話になると思います(まあ、羽生先生の場合は素直に九段を名乗りそうですし、「たのむから永世称号を名乗ってくれ」と言われれば名乗りそうな気もします)。

・そうそう、「段位十段」を作るっていうけど、囲碁界に「タイトル十段」がある以上、囲碁界との調整も必要では。


まとまりがなくてすみません。

投稿: 通行人 | 2015年4月11日 (土) 20時49分

名誉称号についてはここでは「白熱した議論」の様相になりました。よかったです。その間に名人戦1局目あっさり行方八段の投了はやや物足りないものでした。作戦不成功という感じですが、やや自分勝手な(?)構想が破れたとか。また、電王戦もなんだこりゃの「嵌め手」ということでした。これも事前にこれやると「投了」すると分かっていたらしいのです。これで勝った3局中2局はCPUのプログラム不完全をついただけでした。修正しようにもできないルールとか。プロ側の勝ちたい執念でしょうか?みっともない対応に見えました。でも「プロ」からすれば「勝ちは勝ち」ですね。「負けないCPU」のはずが「人が作ったもの」に落ちてしまいました。「作成者」がだめなんでした。これがあるから「ホントプロは強いね」、「CPUに勝つのではなくて作成者に勝つ」はいいところに目をつけました。勝負は対局以前に決まるでしょうか。あやうくCPUに「大名人」の称号を献上するところでした。ただプログラムの欠点探しだけではもう勝てません。プロも無駄にCPU相手に練習してもだめです。ほとんど勝てていない上での本番ですから意味ないですね(半年も?)なぜ勝てないのかを追及されてはどうでしょうか。前にもここで話題になりましたが、CPUは学習してしまうのです。プロが過去データーや経験則から指してもCPUには通じません、妙手、新手を指さないと計算されたCPUの手(信じられない手:理解できない新手)が出てきます。何百手先まで読むというプロにしてはCPUの手が相当先まで読んだ手と思わないところがあるのではないでしょうか。最近では画面の指し手予想が出ていますので、再確認すべき点です。機械機械とややバカにした面が出てくるようでは駄目なんです。今はそうでもなくなってきてCPUで勉強されているプロが多そうですね。トッププロ以外の棋士は大いに活用するべきでしょう。トッププロは案外とっくに勉強材料に使っているのではないでしょうか。棋譜の整理にCPUを使っているは10年以上前の話。「ソフト」を使っているよが今だと強くなりますね。

投稿: 田舎棋士 | 2015年4月13日 (月) 09時03分

田丸先生お邪魔します。電王戦、名人戦と短手数で勝負ありはどうしたものでしょう?電王戦は「こう指されたら投了と決めていた」弱点の対処ができないルール。名人戦も「何やら挑戦者の思惑違い」らしいですが、どちらも残念な将棋でした。(がっかりでした)まっ、こんなこともあるのだと思いつつ名人戦は次局以降に期待します。また、名誉称号問題は難しいものですね。連盟の幹部の思惑みたいなものが絡まないと不可能ならしいことが見えてきました。いわゆる政治なんですね。一二三先生、内藤先生、有吉先生あたりに何か名誉称号をと考えられたファンの気持ちだったと思えるのですが「聞くに留める」でした。うむ、期待していました。

投稿: 東京人 | 2015年4月13日 (月) 14時24分

何度もすみません。

・投稿後に考えたのですが、落し所として

「『引退後』、『元○○』を名乗る『権利』」

ぐらいではないでしょうか。タイトルの有無だけなので境界は厳密ですし、名乗る名乗らないをその棋士に任せることで本人のプライド等も考慮することができます。

・個人的には「段位十段」相当の設定は反対です。前回書いたことに加えて「A級八段」「名人1期九段」の価値が相対的に下がるのはどうなの?というのがあるからです。

・そういえば「引退棋士昇段規定」の話が出てきませんね。それまでの功労者という意味での昇段、ということだと思いますが、これが棋士段位のインフレ化につながっている観点もあるのではないでしょうか(意外と難題な気もしますが)。

・電王戦はおもしろかったです、結果以前の「人間とは、コンピュータとは、プロとは、将棋とは」というのがこれほどまで世間に注目されたのはないのではないでしょうか。今後の十年後二十年後のの課題も見えて有意義だったと思います。

投稿: 通行人 | 2015年4月13日 (月) 20時48分

今回の電王戦第5局は正直いってプロ棋士に失望しました。確かにルール上は阿久津先生の手はなんの問題もありません。開発者の巨勢さんの意見もルールに沿えば不用意な発言だと思います。しかし、升田先生が昔おっしゃっていた、「棋士という職業はなくてもいい、だから見る人に楽しさを与えなくては存在理由を失う」の通り、果たしてあの対局に楽しさはあったのか?甚だ疑問です。日本将棋連盟はなかよしクラブでもなんでもない、立派な公益法人です。升田先生が言うようにお客さんを相手にして飯を食べています。電王戦は将棋連盟も認める公式戦ですし、プロと名のつくからには暗黙の了解にも一定レベルの将棋を魅せなければならないと思っています。今回の一件は本当に残念でした。もうしばらく名人戦も見る気にはなれません。

投稿: 望 | 2015年4月14日 (火) 00時14分

九段ではあるが名誉称号獲得の規定に達していないが活躍度、著名度が高かった棋士に名誉称号を贈位したらどうでしょう?大活躍されている棋士の師匠に普及面での功績を称えてはどうでしょう?を田丸先生が連盟に提案されたとういこと。それがダメだったということ。これは残念でした。ブログを読んでいる時同じ考えだと思い期待してはいました。かつて何かの書で「十段が欲しい」と加藤一二三九段が言っていたとか見ました。欲しい人は欲しいし、いらない人はいらないは様々ですね。クリスチャン?の先生は棋士仲間にはあまり好かれていないとも聞いたことがありました。今は世代も若くなり、天敵?の米長先生も亡くなられ、逆にファンには好かれています。羽生さん、里見さんの次に将棋のイメージアップを押し上げた先生ですね。ファンが引退近い先生に何かをと期待したいのは分かる気がします。

投稿: 将棋九段下 | 2015年4月14日 (火) 11時33分

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