将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2015年3月15日 (日)

悪天候によって対局が半日遅れで開始した王将戦(渡辺王将―郷田九段)第5局

【追記・3月23日】
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【追記・3月22日】
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3月12・13日に新潟県佐渡市で行われた王将戦(渡辺明王将―郷田真隆九段)第5局では、両対局者と関係者は11日に新潟から海路で佐渡島に渡る予定でした。しかし悪天候によって汽船が欠航する事態となり、11日は新潟に宿泊しました。そして関係者が協議した結果、12日の午前中に佐渡に到着すれば持ち時間・各8時間を7時間に短縮して午後1時30分に対局開始(2日制)、12日の午後に到着すれば持ち時間を各5時間に短縮して13日の午前9時に対局開始(1日制)、と変更することに決まりました。

12日は天候が回復し、王将戦の一行は午前中に佐渡の対局場に無事に到着しました。対局は半日遅れで午後1時30分に始まりました。

渡辺王将は羽生善治名人の挑戦を受けた棋王戦で、3月8日に第3局を新潟県柏崎市で対局しました。結果は渡辺が勝ち、渡辺が3連勝で防衛しました。当初はそのまま新潟に滞在してから佐渡に渡るつもりでした。しかし名人戦の挑戦権を争うプレーオフ2回戦(渡辺王将―久保利明九段)の対局が10日に東京で行われるので、渡辺はいったん帰京しました。その勝負は久保が勝ちました。渡辺は3時間ほどの睡眠をとり、11日に佐渡に向かうという強行軍となりました。

しかし渡辺王将は角換わり腰掛け銀の最新型の戦いを制して郷田九段に勝ち、3勝2敗と勝ち越して2度目の防衛に王手をかけました。

2006年の王将戦(羽生王将―佐藤康光棋聖)第7局と、07年の王将戦(羽生王将―佐藤棋聖)第7局の対局場も佐渡でしたが、どちらも無事に対局が行われました。今年は地元の汽船関係者が「近年にない」と言うほどの悪天候に見舞われました。

1994年2月下旬に青森県三沢市で行われた王将戦(谷川浩司王将―中原誠前名人)第5局でも、悪天候によって対局開始が遅れました。谷川は大阪から飛行機に乗って三沢の対局場に到着しました。中原は東京から飛行機に乗りましたが、悪天候によって三沢空港に着陸できず、羽田空港に引き返したのです。中原は翌日に三沢に到着しました。そして関係者が協議した結果、1日制の持ち時間・各5時間に変更することに決まりました。王将戦史上で初めてのことでした。

谷川―中原の王将戦第5局は、中原が勝って2勝3敗としました。そして第6局で谷川が勝ち、谷川が4勝2敗で防衛しました。

1978年4月下旬に四国の高知市で行われた名人戦(中原名人―森雞二八段)第4局でもハプニングが起きました。中原が対局前日に東京から乗った飛行機が、高知空港が濃霧のために着陸できませんでした。そこで中原と関係者は名人戦の主催者の毎日新聞社が保有する小型機(6人乗り)に乗り換えて大阪空港から高松空港に向かい、高松から土讃線を経由して前日の夜に高知の対局場に何とか到着しました。中原は小型機の搭乗は初体験でしたが、外見は「自然流」に構えていたそうです。

一方の森は「鉄の塊が空を飛ぶのはおかしい」という考えから飛行機に乗りませんでした。対局前日の早朝に東京から新幹線に乗って岡山に向かい、宇高連絡船と土讃線を経由して高知に到着しました。

中原―森の名人戦第4局は、中原が勝って2勝2敗としました。そして中原は第5局から連勝し、中原が4勝2敗で防衛しました。

約40年間にごく稀ですが、タイトル戦で対局場への移動でこのようなハプニングが起きました。

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コメント

将棋もハプニングストーリーがあるものも興味大です。職業ですから決まりはつけなくてはいけませんので、強行日程になってもやれる範囲で最高の内容をやるしかないですね。それでも頑張りますね。周りも、ご本人達も大変、でも対局を楽しみにしているファンにしてみればこれ大大結構なのです。ビートルズのポールのように、キャンセルになっても喜んでくれる将棋になっていくように願います。まだまだ先生然としているイメージが強いですね。またタイトル保持者を相変わらず公開の場でも〇〇さんと呼んでいる御仁(棋士)が多いですね。タイトル名を冠して名を呼んでくださいとちくりといいたいですね。NHKは逆にNHK杯を最優先し羽生NHK杯と呼ばせていました。3冠、4冠の羽生名人に対してです。今年は緩めたようですが、徹底するならNHKを見習うべきですね。さあ名人戦ですね。ブログでの講評をお待ちしています。

投稿: 千葉霞 | 2015年3月17日 (火) 09時14分

田丸先生、いつも楽しく拝見させて頂いております。

名人戦の挑戦者は久保九段を破った行方八段に決まりました。
挑戦者決定戦はひとつ前の3月10日に渡辺棋王・王将と久保九段戦がありました。
順位が上の渡辺さんを破った久保さんですが、来期のA級戦での順位は本割の成績上位の渡辺さんが上位でしょうか?それとも挑戦者決定戦で勝った久保さんが上位になるのでしょうか?
疑問に感じてしまいました。

投稿: ヨッシー | 2015年3月17日 (火) 10時16分

王将戦6戦が終わりましたね。渡辺王将に見落とし(勘違い?)が出て郷田九段が逆転したようです。見落としはプロ棋士にもあるんだなー、人間らしくていいなーと思っています。過去1手詰めが見えなかったり、わざわざ詰む方に逃げたり・・私はそんな棋譜を見るのが楽しみです。
橋本八段の二歩反則だってテレビの前で私も「あーっ!!」声を上げました。年齢を重ねればそんな場面が多くなるのは、多くのアマが経験しているので、プロ棋士にもあるのでしょう。それを批判的に見るのではなくそれに至る過程(心情)を楽しんでいます。
プロなのに・・勝てないのは・・と批判的にみるファンもいるでしょう。
でも、プロ将棋の棋譜は後世に残るので、棋士本人が十分反省していると思いますよ・・。
引退云々、組織云々はその考えの方がいるのは否定しませんが、ブログの世界とはいえ、表現方法に配慮があって然るべきだと思います。

投稿: 見る将棋ファン | 2015年3月21日 (土) 11時53分

承認制はいいですね。整理整頓ですね。さて電王戦は見損なってしまいましたが、意外な展開で棋士側の勝利。「成らず」を認識できなかったなんてどうでしょうか?余計なプログラムはしていないとも?これはある意味将棋の良さを知らない将棋プログラム作成の誤りではないでしょうか。「成らず」は結構ある「手」のはず!言い訳なのか?知らなかったのか?驕りなのかは分かりません。棋士の方はプログラムのこの点を知っていたので「指してみた」的な発言もされています。これも棋士の戦略で良かったと思います。王将戦も大変な勝負でした。森先生が困っていましたから、終盤の指し手には「これは先手勝ったようだ」といわれていた場面がしばしば。渡辺先生らしくないというか、棋士なら指さない手で負けてしまいました。両者相当に頭がウニになっていたようです。郷田先生も「あれっ」という手を指し、それに渡辺先生が冷静をなくされたような場面だったと思いました。ともあれ観戦している方には面白い戦いでした。最終局が楽しみです。

投稿: 田舎棋士 | 2015年3月24日 (火) 10時51分

コメントを承認制になさったのは良策と存じます。不快なコメントが一掃されて爽快です。

ところで、田丸先生が書かれた「熱血の棋士 山田道美伝」には山田先生の生涯成績が書かれていません。連盟HPの物故棋士一覧でも同様です。

古い時代なので連盟に記録が残っていないのかとも思いますが、山田先生より前に棋士になった花村先生は「生涯成績 592勝568敗」と連盟HPに書いてあります。大山十五世名人は棋士としての全対局を自分で記録していたので、連盟に記録が残っていない分も含め生涯成績が分かる、というのは有名ですね。

「山田先生の生涯成績」について教えて頂ければ幸いです。

投稿: オヤジ | 2015年3月24日 (火) 12時41分

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