将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2015年1月 9日 (金)

田丸の今年の最初の公式対局は将棋界の「レジェンド」の存在の加藤九段と対戦

私こと田丸昇九段の今年の最初の公式対局は、1月7日に棋王戦で加藤一二三九段と対戦しました。

私と加藤九段の公式対局はこれまでに10局あり、対戦成績は5勝5敗の五分でした。最後の対局は1997年10月の民放テレビ棋戦の早指し選手権(加藤が勝ち)で、将棋会館での対局は92年1月のB級1組順位戦(田丸が勝ち)以来でした。

加藤九段は棋士になって61年、九段昇段から42年という長年の棋歴があり、まさに将棋界の「レジェンド」(伝説)のような存在です。そうした実績から「名誉十段」などの称号がふさわしいのではないか、とのコメントがこのブログに多く寄せられています。私もそれについて同感です(12月19日のブログ参照)。

加藤九段は最近、テレビのバラエティー番組によく出演していて、「ひふみん」の愛称で人気者になっています。また、対局姿が独特なことで知られています。

私が対局開始5分前の9時55分に対局室(高雄の間)に入ると、加藤九段はすでに着席していて、私の座布団がなぜか盤から50センチほど横にありました。どうやら加藤九段が直前に、盤と自身の座布団を窓側に移したようです。記録係はすぐに私の座布団を盤の前に移しました。加藤九段が盤を所定の位置から移すことはよくあります。時にはそれが問題となって、対局者ともめ事が起きたこともありました。

私は「またか…」と内心で苦笑しながら、見過ごすことにしました。盤と記録係の席が1メートル近くも離れたので、私が記録係に「見えるか」と聞くと、記録係はうなずきながら机を少し動かして近寄りました。盤を横に移すと、窓側に近くなり、同じ部屋の隣の対局から遠ざかりますが、加藤九段の真意のほどはわかりません。

近年はネット中継のために、対局室の天井に小型カメラが設置されています。もし盤の位置がずれると、その撮影に支障が生じかねません。加藤―田丸戦のネット中継はなかったのですが、あった場合はどうなるのだろうかと、ふと思ってしまいました。

序盤は矢倉模様の手順が進み、私は公式対局で実戦経験がある変則的な作戦を用いました。対局開始から30分後、加藤九段は30分ほど席を外しました。戻ってきてもなかなか指しません。加藤九段が序盤で長考することはよくありますが、持ち時間・4時間の対局で75分・43分の連続長考は珍しいです。

私は相手の長考中に一緒に考えていましたが、やがて加藤九段の対局姿をそっと観察してみました。何しろ目の前でこうして見るのは、23年前の対局以来です。加藤九段は紺のスーツに紺の水玉模様(以前は花柄が多かったです)のネクタイという服装でした。昔の対局姿は、石のように不動の形で正座を続けました。今は体型的に正座がきついようで、着手するとき以外は胡坐(あぐら)に組んでいました。また、手帳ほどの冊子をたまに読みました。敬虔なクリスチャンなので、たぶん聖書でしょう。

加藤九段は健啖家で知られていて、対局での食事は天ぷら・ウナギ・寿司を好みました。ただ2年前に体調を崩してからは、軽めの食事が多くなり、最近は食事を注文しないようです。私との対局では、そば茶・コーラなどの飲み物のほかに、カマンベールチーズ・蜜柑のデザートなどをしきりに食べていました。食欲は相変わらず旺盛でした。なお、対局中に食事することは礼儀に外れますが、おやつ類は認められています。

加藤―田丸戦は、私が先攻すると加藤九段も反撃して攻め合いになりました。私は中盤で難しい形勢ながらも指せると思いましたが、加藤九段にしっかり受けられて攻めを余されてしまい、終盤は一手負けとなりました。終局は18時18分(持ち時間が4時間以下の対局は夕食休憩がありません)で、100手で加藤九段が勝ちました。加藤九段は持ち時間を20分ほど残し、記録係に「あと何分?」と聞くお決まりの言葉の連発はありませんでした。

加藤九段は最近、理由は不明ですが感想戦をしないことが多いです。私が投了直後に「少しだけ検討をしてもらえますか」と頼むと、加藤九段は勝って気を良くしたのか、20分ほど感想戦をしました。私は加藤九段と盤外で話をしたことがほとんどありません。感想戦のやりとりであっても、話をできて良かったと思っています。

来年の春に引退する私にとって、加藤九段との公式対局は本局がたぶん最後になるでしょう。勝負は敗れましたが、自分の得意型で存分に戦って内容的に満足しています。

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対局」カテゴリの記事

コメント

そう言えば、西の大御所も今年度で引退されるようですね。4月からはLEGENDが最年長棋士になるのですね。

市ヶ谷では94歳の現役棋士もいるらしいので、少し寂しい気もしますが、順位戦の過酷さを考えると・・・


話は変わりますが、最近TVでも活躍している、「今でしょ」で有名な東進ハイスクールの現国講師の林修先生はかなりの将棋ファンみたいです。

自身の番組で(先生の兄弟子の)米長邦雄氏や村山聖氏について熱く語り、将棋指しへのリスペクトの念を披露しておられました。一度連盟に御招待されたらいかがでしょうか。

投稿: さるさびる | 2015年1月 9日 (金) 11時18分

田丸先生、加藤先生との対局レポート、興味深く拝読しました。将棋世界での田丸先生の連載記事とは一味違い、加藤先生の「今」が活写されています。

加藤先生がコーラをお好きとは初めて知りましたが、棋士の対局中の飲み物としては珍しいのではないでしょうか?カマンベールチーズというのも渋いですね。

加藤先生と同い年の内藤先生が今期限りでの引退を表明されました。加藤先生はまだまだお強いようですし、一昨年夏頃のご病気も克服なさってご健康の方も大丈夫なようです。

加藤先生がお元気で、一年でも長く現役を続けて下さることを心から願っています。

投稿: オヤジ | 2015年1月 9日 (金) 15時40分

思わず「おはようございます」、本当にコメントをされるのが皆さん早いですね。(ない時は本当にしばらくどなたもコメントしていない)加藤先生は元気ですね。内藤先生は「気力がなくなった」とは以前いっていました。引退ですか。米長先生は加藤先生を嫌っていた気配がありました。TVでのお好み対局でしたが、加藤先生を「イジル」というか毒舌を吐くのです。多少の演出があったかもしれませんが、内藤、有吉、加藤、米長と居並ぶ中で当然米長先生は一番年下、米長先生はよくやるなと少し嫌悪感を覚えたものです。持ち味でしょうが?その日の対局、有吉、加藤両先生は強かったですね。内藤発言(気力)はこの時だった気がします。加藤先生は「なにいわれてもニコニコ」後輩で、実績も同じかそれ以上なのに気にしていない態度はよかったです。ある種加藤先生を尊敬していたのではないだろうか。田丸先生のライバルの棋士というとどなたになりますか。「ライバル伝」でエピソードを書いてください。

投稿: 千葉霞 | 2015年1月10日 (土) 11時25分

まさにレジェンドのお一人でしょう「加藤一二三九段」。中原名人もその最たるお方ですね。一つ質問ですが、プロの将棋の場合、勝敗が決してきたころに解説者もいわれているのでそのとおりなのでしょうが、「かたちづくり」と称する盤面が出てきます。これは将棋独特のものでしょうが意味合いなどを教えてほしいと思います。また、「最後の詰みまで指しますね」も興味ある解説です。後者はファンサービスと付け加えられることもあります。もう一つ「先日のTV対局で、谷川さんなら投げますよ」と勝負ありの発言もありました。早めに投げる先生は昔から聞いていたりして知っていましたがいわゆる「美学」の表現で解説されたりしていました。プロ棋士それぞれが将棋観をお持ちでしょうが、「負け」を覚悟された時のおしまいの処し方の有り様を挙げてみましたので宜しくお願いします。

投稿: 囲碁人 | 2015年1月14日 (水) 12時29分

こんにちはhappy01papernote。対・加藤戦お疲れ様でした。先日の『名誉十段』についてのコメントは私も書きましたが、改めて考えてみて、次の規定はどうか、と思いました。
①九段昇段から、現役引退問わず存命中に昇段30周年を迎える(丸田・二上・関根・加藤・有吉・内藤・大内。来年は勝浦)。
②1000勝達成者
③永世称号保持者
④逝去棋士による追贈は連盟で検討
※①は敬称略。
・・・いかがでしょう?『そうなると羽生名人や谷川先生、渡辺二冠もそうなるね』と言う意見もあるでしょうが、その通りです。
将棋年鑑の棋士欄を見ると、永世称号者が加藤・内藤両先生より先に紹介されていますし、『永世称号者が九段のままというのはどうか?』と言うのは長年言われていまして、谷川先生も森内先生も佐藤康光先生も『名誉十段昇段』とするべきなのです。
淡路先生は『私が四段になったとき、(兄弟子の)内藤先生はもう九段でした。私が九段になった現在、先生が九段のまま、というのはちょっと・・・』とおっしゃっていましたし、田中魁秀先生も『同じ九段でも、谷川さん、森内さん、佐藤(康光)君は名人を獲得しての九段やから、私なんかとは中身が全然違うね』と述べられていました。
また、唯一の名誉十段・塚田正夫先生は『実力制第二代名人』追贈されていますから、米長先生にも『実力制第八代名人』を追贈し、加藤先生には、いずれ引退される際『実力制第六代名人』を贈るべきだと思います。
この提案はこのブログのみにとどめておくのではなく、ぜひ4月新年度に、田丸先生から連盟に提言していただき、反応をこのブログで書いていただきたく思います(図々しくてすみません)。
『名誉十段がそんなにポンポン出たら、価値が下がる』と言う意見もあるかもしれませんが、塚田名人(私はこう呼んでいます)が旅立って30数年・・・そろそろ検討しなおしてみてはいかがと思いますし『名誉名人』『名誉九段』も一人ではないのです(それは皆さんで調べてください)。
皆様のご理解とご賛同に期待しています。
長文になり、失礼しましたcoldsweats01

投稿: S.H | 2015年1月15日 (木) 15時56分

名誉称号はいいですね。是非ご検討下さることを願います。さて、『実力制第〇代名人』の称号は以前より不思議に思っていました。あってもいいのですが、実力性になってから名人を獲得された棋士への称号にはいささか?でした。名誉名人で統一されたほうがいいのではないでしょうか。永世名人とはやや趣は違うので、5度以上名人を防衛されての称号と分けるとしたら「名誉名人」がふさわしいと思います。「名誉十段」もこれにこだわらず名誉名人、名誉王将など経歴に照らし合わせて贈位されるほうがいいのではないでしょうか。九段昇段についての内容はタイトル獲得が最善でしょうが、八段昇段後250勝でしたか?これもすごいことです。内容に差はないと思います。いずれも規定に達した証です。(これ自体が厳しい規定です)

投稿: 散歩人 | 2015年1月16日 (金) 11時35分

散歩人さん、コメントありがとうございます。実は『名誉名人』の称号には、訳がありまして、過去に二人なられていますが、どちらも名人になれず、功績で贈られたものなのです。かつて升田名人(私はこう呼んでいます)に、その称号が贈られるとなったとき『名人に香を引いて勝ったワシが何でそれをもらわなきゃならんのだ!』と激怒され、連盟が『実力制第四代名人』という称号を作り、升田先生はしぶしぶ受け取ったとか・・・※内藤先生『私の愛した棋士たち』(毎日コミュニケーションズ・現マイナビより)
ですから『名誉棋聖』『名誉王将』なども棋聖や王将になれなかった棋士に贈られる・・・つまり将棋界にとって『名誉○○』はその○○になれなかった棋士に贈られるもの、という認識が強い、と私は見ています。
『十段戦』が『竜王戦』に発展し20数年・・・段位として十段を設けるべきでは?という意見もありましたが、数年前に米長会長(当時)があの徳川家康公にその十段を追贈したので、『こりゃあ段位としての十段はありえないな・・・歴史上の人物と同じ段位というのは・・・』と思いました。そこで『名誉十段』に目を向けました。
賛否両論あると思いますが、皆様のご理解とご賛同に期待していますhappy01

投稿: S.H | 2015年1月16日 (金) 15時13分

「升田先生はしぶしぶ受け取ったとか…」これは聞いたことありますね。『名誉○○』はその○○になれなかった棋士に贈られるものというのも連盟などの説明…というと「加藤九段」には贈位できるものは、王座はタイトル前ですが優勝はしているので残るのは棋聖と今の竜王でしょうか?いや竜王も前進は十段でしょうから棋聖ですね。固いことを言うと加藤名誉棋聖ですね。何か違和感があります。ご本人はかつて十段を希望されていたと聞いたことがあります。うがった言い方をすれば加藤先生以外は選び放題?そんなことはないでしょうが、ご検討をお願いしたいですね。谷川先生はもう現役で永世名人を名乗られてもいいのではないでしょうか。会長では寂しいですね。囲碁人さんが以前いわれてたように囲碁界は急にレジェンド棋士たちが現役で名乗っていますね。贈位される棋士は持っていないので名乗れませんが、資格者をそれこそ九段で済ませてしまうのは残念です。

投稿: 田舎棋士 | 2015年1月17日 (土) 18時17分

ブログにあまり関係ないことで申し訳ないのですが……連盟のホームに載っている記録のページからですが、
勝率ランキング
1 増田 康宏 1.000 2-0
1 黒沢 怜生 1.000 2-0
3 菅井 竜也 0.816 31-7
4 横山 泰明 0.806 25-6
5 糸谷 哲郎 0.765 26-8
6 田村 康介 0.750 18-6
7 羽生 善治 0.739 34-12 の1位欄のお二人、1勝した途端No.1になりました。規定対局数があるやに聞いたことがあるのですが?これはあくまで参考でしょうか。まだ新4段と思いますが、本人達は全く知らないことでしょうから連盟の事務局の係りの方が何かの勘違いか何かで掲載されたのでしょうか?田丸先生もご覧になってはいないのではないかと思います。さてさて不思議なランキング公表です。10割ですから史上初のタイトル記録となるのでしょうか?まさかと思う次第です。また、レジェンド棋士の現役中のタイトル名(称号)の贈位、引退後に名乗る資格者の現役中にも名乗りをされてはどうかと先生のブログでは賛同者が出ています。これはいいことではないかと大賛成です。内藤先生引退される前に名誉棋聖、加藤名誉十段、桐山名誉棋聖、引退された有吉名誉王将、丸田名誉名人などそうそうたるレジェンド棋士たちがいます。まだ他にも一世を風靡された棋士達がいらっしゃいますが、これは連盟で選考されていただければいいかと思います。

投稿: 将棋九段 | 2015年1月18日 (日) 14時42分

レジェンドがブームでしょうか。名誉称号と盛り上がりつつありますね。もう一面でもレジェンドのお二人がいます。今や女流といえば男性プロも顔負けといわれるくらい将棋連盟、いやプロ将棋界を支えています。男性プロには是非自覚を大いにされんことをお願いするものです。「中井さん」があと一勝で600勝、清水さんもこれに続きます。第二世代でしょうから米長、中原というところに匹敵するのではないでしょうか。このお二人なお現役で活躍中です。何かで表彰される機会があればいいのですが、分裂などのあとですから難しそうですね。昔の将棋連盟のように分裂、統合などで大きく一緒になるといいですね。個人的に中井さんには八段位を贈りたいと思います(500勝の時にも米長さんが感嘆していたので、その時に七段贈位)。wink

投稿: 古代子孫 | 2015年1月20日 (火) 11時45分

勝率ランキングは黒沢四段、増田四段はこのまま10割で4月を迎えても、年間の「勝率1位賞」にはなりません。
そうしないと10月1日昇段の新四段は順位戦も戦わないので翌年3月末までに数局程度しか指さないですから、10割で終える可能性も高くなります。

本日ですと
2015年1月21日対局分まで(3月1日~4月1日の期間は30局以上のみ表示)
と連盟HPに明記されていますので、あと1カ月余りで黒沢四段、増田四段の名前は高勝率であっても消えてしまうでしょう。

但し黒沢四段、増田四段は間違いなく現段階では勝率10割。ですので連盟の事務職員さんの勘違いや間違いではありませんね。

投稿: ヨッシー | 2015年1月22日 (木) 14時51分

加藤先生は最近しきりに「近頃は棋士が研究会をするので感想戦をしなくなった」と仰っています。確かにそういう傾向はあるのでしょうが、感想戦を全くしないわけではないと思います。しかし、おそらく加藤先生はそういう思い込みでいるため、感想戦をせずにさっさと帰ってしまうのでしょう。昔から、自分がこうと考えれば、現実にそれとちょっとそぐわない点があろうと、自分の信念を大事にされる先生ですから、感想戦をしないというのも加藤先生らしくておもしろいと思います。

投稿: タカハシ | 2015年1月23日 (金) 23時32分

>> 2年前に体調を崩してからは、軽めの食事が多くなり、最近は食事を注文しないようです

2月12日の順位戦で加藤さんが夕食にカキフライ定食とチキンカツ定食を同時に食べてた、という話をお聞きしました。
・・・まさにレジェンドです。

もしかすると、加藤さんはこちらのブログをご覧になって「私はまだまだ健在ですよ!」とアピールしているのかも。

投稿: popoo | 2015年2月13日 (金) 08時27分

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