将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2014年10月 5日 (日)

田丸の引退への思いと、棋士たちが引退した理由と年齢

私は10月1日の対局(王座戦・堀口一史座七段)に敗れたとき、現役棋士の期間があと1年半あまりになったと思いました。2016年3月までに参加できる計13棋戦で、私がすべて負けても計15対局(竜王戦は2局分)は指せます。その限られた数の対局で、勝負にこだわる、自然体で指す、最先端の将棋を指す、田丸将棋の最後の仕上げとするなど、どんな思いで臨もうかと考えています。まあ現実的には、日々の生活を淡々と送っているうちに、2年後の春に最後の対局(たぶん竜王戦)を迎えることでしょう。

定年まで正社員として働き詰めだった人が退職後、自分の身の置き場がなくて精神的に不安定になる、という話をよく聞きます。棋士も引退するまで順位戦に在籍した場合、その後の生活で大きなギャップを感じるかもしれません。5年前にフリークラスに転出した私は、年間の公式戦が10局あまりです。正社員から嘱託の身分に変わり、定年が65歳に延びたようなものです。だから引退しても、精神面や生活面であまり変わらないような気がします。

一般的に勤め人の定年は、誕生日が区切りだそうです。棋士は年度(新年度は4月から)が区切りです。したがって誕生日が3月以前か4月以降で違ってきます。私と同年のA九段は3月生まれで、規定によって65歳になる来年の3月で引退です。5月生まれの私は、2年後の3月で引退です。棋士の引退で、誕生日が少し影響しています。

棋士が引退した理由には、①自分の意思で引退②降級や年齢規定で引退③病気や身体面で引退④死亡で引退、などがあります。

①の自分の意思で引退は、次のような例があります。木村義雄十四世名人は名人位を奪われたとき、「良き後継者を得た」と語って47歳で引退しました。米長邦雄永世棋聖はA級を降級後にフリークラスに転出し、将棋連盟の理事として邁進するために60歳で引退しました。二上達也九段は連盟の会長職に専念するために58歳で引退しました。加藤治郎名誉九段は執筆の仕事のために38歳、高柳敏夫名誉九段は道場の経営のために43歳で、それぞれ引退しました。講演や執筆など多方面に活躍していた原田泰夫九段は59歳で引退しました。そのほかに西村一義九段、勝浦修九段、石田和雄九段が65歳で引退しました。大友昇九段は私生活の悩みを理由に41歳で引退しました。

これらの棋士たちの引退には、大棋士としての誇り、盤外の仕事に専念、現役棋士としての達成感、などの思いが背景にありました。

②の降級や年齢規定で引退は、次のような例があります。丸田祐三九段は順位戦でC級2組から降級したとき、年齢制限規定によって77歳で引退しました。同じ状況で有吉道夫九段は75歳、小堀清一九段は75歳、関根茂九段は73歳、宮坂幸雄九段は70歳、大内延介九段は69歳で、それぞれ引退しました。「畳の上で死ぬ」のが最上というように、棋士もできれば「順位戦に在籍して引退」したいものです。その意味で74歳の内藤国雄九段、74歳の加藤一二三九段がいまだに順位戦に在籍しているのは称賛に値します。

しかし現実は、C級2組を降級後にフリークラスに在籍し、年数や年齢で50代あたりで引退する棋士が多いです。私の弟子の櫛田陽一六段も47歳で引退しました。競争の激化によって、若手棋士でもC級2組から降級するおそれがあります。

③の病気や身体面の引退は、次のような例があります。中原誠十六世名人は病気によって61歳で引退しました。升田幸三実力制第四代名人は61歳で引退を表明しましたが、実際は「足が悪くて座って対局できない」という身体的な理由でした。

④の死亡で引退は、次のような例があります。山田道美九段は現役のA級棋士のまま、病気によって36歳で死亡しました。同じ状況で大山康晴十五世名人は69歳、村山聖九段は29歳で、それぞれ病気によって死亡しました。

私は当事者として、引退への思いは複雑なものがあります。しかし勝負の結果を重視しているからこそ、将棋界は活性化しているのです。

ちなみに囲碁界には引退規定はなく、中には90代の現役棋士もいます。定年制度のない会社みたいなもので、良くいえば終生現役の保障、悪くいえば新陳代謝の欠如です。棋士の人数が多いと、運営面で経費がかさみます。関西棋院では、予選下位の対局料を減額して、その分を予選上位の対局料の増額に充てているそうです。

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コメント

棋士の引退ですね。現役を去るのは何とも寂しいものといいます。でも、一般でも多くの人が次に何をするか、していくのかを準備(考えて)しているようです。のんびり、ぶらぶらをするも一つです。ぼけませんよ。将棋を楽しんでいますから。”今泉さんまた勝ちました。2勝目です。あと1勝でプロです。この将棋ニコニコで放送されていますが、棋譜を見たくても見られません。どなたかの指摘にありましたがホームを開いて見れるとありがたいです。これは公式戦と書かれていたようですので何とかならないでしょうか。

投稿: 千葉霞 | 2014年10月 5日 (日) 21時40分

引退はなぜ?と思います。新陳代謝とは先生もいわれていますが、そうとも言い切れないことも多いのではないでしょうか。老体は去れは「姥捨て山」の話になってしまいます。ルールで決めるのはどうでしょうか?囲碁界の定年なしはいいですね。人生に定年はないのですから、好きな道を切られる思いは残るのではないでしょうか。連盟の定年制は見直してみてはどうでしょうか。延長、短縮、廃止といろいろありましょう。確かに九段の先生がC1、C2、フリークラスに在籍して成績も1~2割の勝率では面目はないですし、降段をする訳でもない。クラスが落ちるだけではどうだろうとは疑問のあるところです。何かの見直しは必要です。会の運営、審判、立会と今も行われていますが、審判部、事業部など相撲ではありませんが、そんな仕組みなども検討され、ある程度の収入を伴う形で選手からの転向を図ることを期待したいです。これはお叱りが多いかも知れませんが、谷川さんの会長はどうかな?と思ったことがあります。会務多忙で成績ダウンと言われたりしていますが、力も相当落ちているのではないかと推察されます。現役のまま会長は大山先生だから勤まったので、会長はやはり専念職だと思います。選手であるならそちらに専念するのどちらかですね。人気も大事ですが、正直選手としての成績は目も当てられません。(お叱り轟轟ですね)会長には適任だろうとは思います。具体的な力量を知らない私ですのでご勘弁を願う次第です。そういえば今泉アマ強いですね。囲碁ですと5段プロ試験クラスでしょうか?棋譜が見られないのが残念です。あと一番頑張ってほしいですね。連盟の粋な試験制度改革、最高です。

投稿: 囲碁人 | 2014年10月 6日 (月) 14時18分

田丸先生も引退ですか。残念です。さて本日のテーマに一言生意気なコメントをします。「一生現役の保障、悪くいえば新陳代謝の欠如です。棋士の人数が多いと、運営面で経費がかさみます」はちょっと専門家の言としては?です。保障とは?この方たちがいなかったら今はないのです。介護をせというわけではないので?ですね。新陳代謝はいい言葉なのかどうか?歴史を作ってきた方々が元気に目の前で棋士として指しているのです。年齢制限でおやめくださいとは「決まり」を作ったからいえるけれどどうなのでしょうか。衰えてあまり勝てていなくてプライドがなどいろいろな配慮があっての引退規定改定を先生が先頭でやっておられた、いい点は多かったのですがどなたかのコメントで「見直し」が出ていました。その時期ではないかとは思われます。例えば今の20代棋士が20年後に「羽生名人、そろそろ新陳代謝の関係で引退してください」と60代で現役A級、名人に対してもいうのでしょうか?更に70代の羽生名人に(森内九段、渡辺2冠、他)いえるのでしょうか。A級現役はないよ、名人にもないよ。そんな年齢で名人やタイトルを持っていないよ。下に陥落しているさとは思っているのでしょうか。羽生先生世代の脅威の強さ、勉強熱心さをつぶさに見られている諸先生方はいかに将来展望をされているのでしょうか。69歳でA級のまま亡くなったと記憶しています大山先生!このレベルに羽生先生を筆頭にこの世代には数名おられると拝察します。A級に60、70代が半数ということも想像に難くないといえます。新陳代謝力説、連盟の運営費の(人件費)削減よりファン層の獲得や女子棋士の時のようなごたごたはやめてイメージアップに力を入れた方がいいと思います。まだまだ「碁」のスマートなイメージには勝てません。さて、一昔前ですと「羽生先生40歳過ぎました、そろそろ引退を、後進に道をおゆずりを」といってたのだろうか、そんな馬鹿なことはないですね。若い世代よもっと勉強して早く上に上がってこいですね。努力天才がなかなか現れませんね。棋士の終身雇用でいいのではないでしょうか。収入問題は検討されるのが当然です。あとはご本人の身の処し方が日本であり、伝統ではないのかなと思う次第です。

投稿: 田舎棋士 | 2014年10月 7日 (火) 11時24分

上のコメントがどうも「???」なコメントと感じたので私も生意気にコメントさせてください。

ご存じでの発言と思いますが、年齢制限はフリークラスのみ適用されるのであって、100歳でも順位戦にいれば強制引退はないですよ。まさに大山15世のように「引退させたければ負かせ」というところです。もしそうなれば、それはそれで今話題の「レジェンド」以上の存在になるでしょうし、逆に若手が「あんな老人に勝てないのか」等いろいろ言われますし、それこそ若手の棋力低下という別の問題が発生していることになります(もちろんそれは老棋士の引退で解決する問題ではありません)。

新陳代謝とは無駄に(←これ大事)弱い棋士が大量に居座っていたら悪影響しか及ぼさないのでは、という意味で使われていると思います。新陳代謝の対象に強い棋士も含めているわけではないと思いますよ。

あと「そろそろ引退を」は大抵は頂点(A級等)から落ちたときに進言する言葉で、A級棋士に年齢だけで引退勧告したらそれこそ非難囂々です。
それだって、身の処し方は本人がそれぞれの美学に任せて決断すればいいわけで、周りが言うべきものではありません。そこは分かっていると思いますよ。

米長永世棋聖・中原16世みたいにすぱっとフリークラス宣言(いわば隠居宣言)に行くのもアリですし、加藤先生みたいにフリークラス転落(=強制引退)するまで最後まで順位戦を闘い続けるのもアリだとおもいます。
羽生名人ぐらいなら、もしかしたら木村名人みたいにA級(正確には名人失冠ですが)でも引退してしまうということもありえるんじゃないかと。

将棋界のシステムも囲碁界のシステムもどちらも一長一短でどちらがいい、ということはないと思います。将棋界は順位戦創設からプロ剥奪の仕組みがあったように歴史的な違いもあるし、経営面というところも大きいかと思います。いくらイメージアップとか言っても無理に規模を拡張して経営破綻すればすべてが終わってしまいます(そんな感じで倒産した企業は山程あります)。

まとまりがなくてすみません。それでは。

P.S.囲碁界はツアープロとレッスンプロみたいなゴルフ界みたいな感じに進むんですかね?

投稿: 通行人 | 2014年10月 8日 (水) 23時51分

田丸先生もそろそろ定年ですか。とても残念です。今回の通行人さんはきつい表現でコメントされていますね。新陳代謝とは「無駄に弱い棋士が悪影響を及ぼすのを阻止する」の意ですか。一理あるかも知れませんがひどいな!こういわせないために見直しをしておくべきでしたね。アマの指導一般、連盟の経営などいろいろありそうなもんです。若手ばかりが選手や指導にあたるのはどうか。現実にも役員などで引退棋士が活躍されています。ここを広げて理事や監事でなくても将棋を広める棋士とするのはどうでしょうか。これには報酬が予算化されていなくてはいけません。また選手をやめると年金はでるのでしょうか(あって当然ですね)無収入では大変です。貯えもそう多くはないとおもいます。道場経営や顧問もありましょうが、連盟での活躍こそが花なのではないでしょうか。羽生さんを見たいもあり、内藤先生を見たいもありでしょう。また、あの名解説の引退された○○棋士を見たいもありでしょう。特別班を設置して新たに活躍の場を作る必要があるのではないでしょうか。全くの私見です。お叱りはご容赦!

投稿: 東京人 | 2014年10月 9日 (木) 15時57分

私は通行人さんの意見が極端だとは思いません。
プロ野球にせよ将棋にせよ、勝負の世界の掟とはそういうものだと思うからです。
将棋界から引退したら生活はどうするのか。
そのような話は将棋に限らずサラリーマンにもどんな世界にも起こりうることであり、それこそ世間一般と等しく社会保障で賄う話であって将棋界が背負うものではないと思います。

過去の栄光とは、記録や記憶、将棋ならば棋譜で称えるものであり、それ以上であるべきではないと思います。
そのようなものに縋って良い事が起こった試しは無い、という事を今までの人類の歴史が証明してくれているのではないでしょうか。

投稿: nanndesuka | 2014年10月22日 (水) 02時53分

田丸先生、いつも楽しく拝見させて頂いております。引退規則について分からない部分がありますのでコメントさせていただきます。
http://www.sankei.com/life/news/150323/lif1503230015-n1.html
上記の産経社さんの記事がインターネット上のコミニュティで話題になっています。問題となっているのは、「今後5連勝が必要となった。」というところです。フリークラス引退規定によりますと編入後10年間に規定の成績を達成できなかった場合、引退となるとされていますが、10年間の期間は年度末の3月31日までであるか、引退日付までかということで意見が分かれています。
引退に関わる大きな問題であり、なかなか外のファンから見て分かり辛いところであると思いますので、可能でありましたら記事などで解説していただけますと幸いです。不躾な要望ですいません。

投稿: 通行人 | 2015年3月25日 (水) 12時47分

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