将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2014年9月23日 (火)

直木賞を『破門』で受賞した作家の黒川博行さんは熱心な将棋愛好家

直木賞を『破門』で受賞した作家の黒川博行さんは熱心な将棋愛好家

今年の8月、作家の黒川博行さんが『破門』で直木賞を受賞しました。黒川さんの小説はハードボイルドが多く、関西弁が小気味よく飛び交うのが特徴です。『破門』はヤクザと堅気の建設コンサルタントがコンビを組むシリーズの第5作で、詐欺師を追ってマカオのカジノや大阪を飛び回ります。

黒川さんは熱心な将棋愛好家で、三段ぐらいの棋力があります。私は17年前にある文芸誌の企画で、黒川さん(当時48歳)と平手の手合いで将棋を指しました。場所は東京の将棋会館の道場です。写真は、対局光景。

黒川さんは振り飛車党で、向かい飛車を得意にしています。私との1局目の将棋は、飛車を有効に使えず力を発揮できませんでした。2局目は飛車を巧みに活用して優勢となり、終盤では勝ち筋でしたが、寄せを誤って惜しくも敗れました。

大阪に在住する黒川さんは以前、関西の棋士たちがよく集まったキタの天神橋の酒場の常連でした。そこでは浦野真彦八段、東和男七段、森信雄七段、有森浩三七段、本間博六段らに、何局も指してもらいました。デパートの将棋イベントで高橋和女流三段と平手で対局したときは、本間六段が軍師として相振り飛車を仕込んでくれ、教わったどおりに指したら見事に勝てたそうです。

黒川さんが関西の棋士と知り合ったきっかけは、20年ほど前に総合雑誌の企画で村山聖九段の評伝を書いたことでした。その取材に師匠の森七段も同席して、あまり話さない弟子に代わって、質問にいろいろと答えたそうです。それ以来、黒川さんは森七段と愛媛県生まれの同郷のよしみもあって親しくなり、ほかの棋士たちとも交友が広がりました。その後、森七段が結婚式を挙げると、黒川さん夫妻が仲人を務めました。

黒川さんは上京したとき、将棋を指せる酒場に顔を出します。私が以前に行きつけにした銀座の酒場では、「黒川さんが来たときのために、将棋盤と駒を用意したい」というママの頼みで、私が見繕いました。盤は飲食などで汚れやすいので安物ですが、駒の材質は上等なツゲにしました。銀座の別の酒場が新規開店したとき、花などのお祝いの品が届けられた中で、なぜか将棋盤と駒がありました。送り主は黒川さんと親しい女流作家で、黒川さんが来たときのためでした。このように黒川さんの将棋好きは、銀座の酒場や作家仲間に知れわたっていました。

黒川さんは京都市立芸術大学彫刻科を卒業後、スーパー社員、高校の美術教師を勤めました。34歳の夏休みのとき、いつも開かれる彫刻の個展がなかったので、半ば暇つぶしで小説を初めて書いたところ、第1回サントリーミステリー大賞で『二度のお別れ』が佳作に選ばれました。その後、教師と作家の二重生活を送っていましたが、38歳のときに専業作家となりました。両立は体力的にきつい、作家は定年がない、という考えでした。ただ作家に転進してから数年間は、収入が3分の1に落ちて苦しかったそうです。

黒川さんの『破門』が直木賞の候補作に選ばれたのは6回目でした。以前は東京の行きつけの酒場で担当編集者らと待機しましたが、発表の時間が近づくにつれて雰囲気が重くなるのが、とても辛かったそうです。今回は好きな麻雀を打ちながら待っていたら、受賞の朗報が届きました。

黒川さんは元警察官や新聞記者から聞いた話を参考にして、新手の犯罪手口を題材にすることがあります。ある小説ではそのトリックが「グリコ・森永事件」に似ているということで、警察から事情聴取を受けたそうです。3年前には、ある週刊誌に「真犯人」と書き立てられました。その後、黒川さんは出版元と著者らに損害賠償を請求した裁判で勝訴し、誤報だということを認めさせました。

なお『将棋世界』11月号(10月3日発売)では、黒川さんと森七段の対談が掲載されます。

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コメント

将棋世界の1996年1月号の「和とレッスン」というコーナーで,黒川さんと高橋和女流三段が対局しています。高橋和女流三段にとっては席上対局のリベンジマッチだったようです。

投稿: spinoza05 | 2014年9月23日 (火) 22時11分

黒川さんの小説は読んだことはありませんが、お名前だけは知っている程度です。17年前に2局指されたんですか。いいですね、それも平手で、文芸誌の企画といえどプロの高段者相手に羨ましいながら「無謀」ですね。アマ3段ぐらいで、当然大会で活躍のアマではないからそう強くはない?田丸先生も辛いですね。「手合い割りは平手で」、「いいですよ」と優しい先生ですね。「そして相手のいいところまででうっちゃり」ですね。囲碁の話ですが、院生あたりがある団体の講師で出向き指導碁をうつ。4~6段を相手に2目程度置かせる。それでいて2目(もく)勝とか2目敗で終局。将棋も同じと思います、プロは相~当強いですね。「絶対手抜き」したなんていわない。アマは自慢たらたら「緩めて頂いた」と勝ち誇りにんまり。これでまた強くなるんですね。わたしもそうでした。あとあと2目敗?ハンデも2目だった?うえっ!となることもありました。う~んプロは恐ろしや。現在の黒川さんの将棋の強さはどうでしょうか。作家でお忙しいからどうでしょう。将棋推理も書かれるといいですね。

投稿: 囲碁人 | 2014年9月24日 (水) 11時27分

黒川さん強そうですね。早速手合わせして「5段」贈呈でしょうか?著名人、政治家には連盟も甘いから(失礼)「無料」「差し上げる」ですね。これも連盟の維持、発展のためです。悪いことではありません。ただ、6段以上は金額が政治資金規正法に抵触しそうなのであげないですね。実績ある地方のアマにあげるのは大変いいことです。7段、8段をどしどしあげてください。ここは一転政治家にも8段を差し上げてみてはどうでしょうか?囲碁界ではよくありました。米長先生も仏前にアマ8段でしょうか、いただきましたね。文科省大臣は5段と決まりみたいな昨今、賄賂ぽっいでしょう。話は変わって、棋士で実績あった先生の名誉称号はあげられないのでしょうか?一度でもタイトルをとると最終「段」でそのまま呼ばれるらしいですが。坂田三吉さんのように規定回数獲得がなくても、評価できる先生には「名誉〇〇」と引退後に名乗れるようにされてはどうでしょうか。加藤一二三先生は加藤九段としか呼ばれないんですよ。相当な実績があるのに残念ですね。また、米長先生も実力で獲得された永世棋聖だけですね。実績を加味した名誉称号をご検討願いたいです。タイトル無獲得だと名誉名人などを贈られると聞いています。米長先生は名誉名人、加藤九段は名誉十段、大内九段は名誉棋王などが個人的な案です。また、実力制〇〇代名人という称号も名誉名人にかえられてはいかがでしょうか。称号を固辞されていた升田先生も早故人になられていますので是非「名誉名人」を贈って欲しいです。宜しくご検討ください。

投稿: 千葉霞 | 2014年9月25日 (木) 10時23分

羽生さん王位防衛!何か木村さんの最後のところは粘りがなかった。錯覚でもあったのでしょうか。残念です。千葉霞さんはいいことコメントしますね。今は誰が将棋界を引っ張っているかというと「一二三」(ひふみん)こと加藤九段ですね。まっ、何人かの中のお一人です。すごい貢献です。坂田三吉翁も小説での人気が大きかったかも知れません。そろそろ現役は引退されるのですから名誉称号(一度は名人を獲得していますが)を本人がかつて切望されてたやに聞いています「十段」を名誉十段として贈られてはどうでしょう。内藤九段、有吉九段にも名誉棋聖などはと思う次第です。永世称号は規定の獲得数が必要ですが名誉王座は別として、名誉称号は貢献大で贈られるという配慮はファンにもうれしいものと思います。谷川先生はもうどなたかの発意で永世名人を名乗らせた方がいい時期です。現役で名乗る方が将棋会には有益大です。ご検討をお願いします。

投稿: 田舎棋士 | 2014年9月25日 (木) 20時01分

プロ編入試験:関心事ですね。2戦目の予定はHPに出ました。3段リーグがないのであと2番勝てば4段プロですね。もう少しニュースしていただきたいのは同感です。5~6段に挑戦もあっていいかなと思います。今回からはものすごくプロ4段になりやすくなりました。アマには(超強豪アマでやや年齢の髙い方)楽しみな制度です。プロ試験組(合格者)が増えるといいと思います。更にはプロ試験も4段、5段、6段、7段と選択できるといいかもしれません。実力がとわれますが、強い人でプロにならなかった方も結構いらっしゃると聞いたことがあります。8段はさすがに無理でしょうか。でもこうなっていくといいですね。囲碁では5段位で受かり今は9段になられた先生もいますね。

投稿: 囲碁人 | 2014年10月 1日 (水) 16時44分

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