将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2014年8月14日 (木)

王位戦(羽生王位―木村八段)第3局はタイトル戦で22年ぶりの持将棋

8月上旬に行われた王位戦(羽生善治王位―木村一基八段)第3局は、角換わり腰掛け銀の戦型から羽生の執拗な攻めを木村が懸命に受ける展開となりました。羽生の攻めはやや切れ筋でしたが、木村が王手馬取りの手を見落として苦しくしました。その後、木村は入玉(敵陣に玉が入ること)して「持将棋」(じしょうぎ)をめざしましたが、規定の点数に達するかどうか微妙な状況でした。しかし羽生も入玉した178手目の局面で、両対局者の合意によって持将棋が成立しました。

両者の玉がお互いに敵陣に入って詰まない状態となり、盤上の駒(玉は除く)と持ち駒の合計点数(大駒5点・小駒1点で換算)がともに24点以上ならば、持将棋が成立して引き分けとなります。一方が24点に達しないと負けです。

タイトル戦で同じ引き分けの「千日手」になった場合は、持ち時間を短縮してその場で指し直しをします。手数と時間がかかる持将棋になった場合は、1局分とみなして指し直しをしない規定があります。羽生―木村の王位戦が3勝3敗になると、最終局は第8局です。

タイトル戦で持将棋の例は少なく、1992年の棋聖戦(谷川浩司棋聖―郷田真隆王位)第2局以来、22年ぶりでした。

以前にあるタイトル戦では、持将棋は半星(0・5勝)という規定がありました。3勝2敗1持将棋で迎えた第7局で、持将棋に持ち込めば計4勝でタイトルを獲得できました(実際例はありません)。

将棋会館で行われる通常の対局では、持将棋・千日手にかかわらず、その場で指し直しをする規定です。今年6月のC級2組順位戦(村田顕弘五段―遠山雄亮五段)の対局は、翌日の午前2時3分に持将棋が成立しました。手数は240手、両者の消費時間は5時間59分(ともに秒読み)でした。その30分後に各1時間の持ち時間で指し直し局が始まり、4時33分に村田五段が67手で勝ちました。

ちなみに持将棋・千日手でまた引き分けになると、その30分後に各30分(持ち時間を使い切った場合)の持ち時間で指し直しをします。

2004年6月のB級1組順位戦(行方尚史七段―中川大輔七段)の対局は、翌日の午前1時35分に241手で持将棋が成立し、指し直し局も4時58分に122手で千日手となりました。再指し直し局の対局写真を見ると、中川七段は上着もワイシャツも脱いでなりふりかまわぬ下着の姿でした。そして9時15分に行方七段が111手で勝ち、約24時間もかかった対局がようやく決着しました。

持将棋になると、心身ともにかなり消耗します。とくに駒を取る、駒を取らせないという独特の戦いは、玉を詰めるための通常の戦いとはまったく異質で、別のゲームをしているようです。昨年の第2回電王戦第4局(塚田泰明九段―プエラアルフア)の対局で持将棋模様になったとき、精密なコンピューターも慣れない状況に混乱したようで、意味不明の手を連発しました。

私は40年以上にわたる公式戦で、持将棋の経験はありません。棋士1年目の1972年のC級2組順位戦のある対局は、寄せそこなって持将棋模様となり、相手の対局者の点数をめぐって駒を取り合いました。結局、私が相手の1点不足によって232手で勝ちましたが、とても疲れた覚えがあります。

別の対局で持将棋模様になったとき、私が相手の2七のと金に当てて▲2八歩と打ち、△2六歩▲2七歩△同歩成▲2八歩…という手順を繰り返して千日手にしました。「どうせ指し直すなら、このほうが楽だね」と、両対局者で苦笑いしたものです。

持将棋が成立する条件は、両者の玉が敵陣の三段目以上に入って詰まない状態となり、盤上の駒と持ち駒の合計点数がともに「24点」以上です。ただアマ大会では、進行上の都合から「27点」制を設けるケースが多いです。27点対27点の同点の場合は、後手を勝ちとします。

プロ棋界でも30年ほど前に、27点対27点の場合のみ持将棋にする、という規定が提案されました。24点制と違って27点制だと、点数が足りないほうは相手の玉を詰めるしかないので勝負がつきやすい、という考えです。しかし将棋の本質にもとる、という有力棋士の声があって実現しませんでした。

持将棋模様でトラブルになりがちなのは、点数が足りないほうがわざと入玉しないで「まだ持将棋の条件に至ってない」と主張し、指し手を引き延ばす例があります。これでは、いつまでたっても決着しません。そこで「宣言法」という新規定が提案されました。一定の条件を満たした時点で、一方の対局者が持将棋または自分の勝ちを宣言すれば、認められることになりました。この規定は何年か前からアマ大会で採用され、プロ棋界でも昨年から正式な規定に決まりました。

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コメント

いつも楽しく読ませていただいています。いつも、持将棋に24点法と27点法があるのに違和感を感じておりました。プロの間でも議論があったということでほっとしました。

 私自身(素人、初級者レベル)は、
 ・プロとアマでルールが統一されていないことがことはおかしい(分かりにくい)
 ・24点という根拠もよく分からない
 ・1局で勝負をつけるほうがわかりやすいのでプロも27点法を採用すべき

だと思っているのですが、田丸先生は、個人的にはどういう見解をお持ちでしょうか?一度プロの先生の考えをお聞かせいただきたかったので、質問させていただくことにしました。

投稿: と久米希望 | 2014年8月17日 (日) 08時35分

プロに27点法を導入するのは、賛否が分かれると思います。

と久米希望さんの言われる「1局で勝負をつけるほうがわかりやすいのでプロも27点法を採用すべき」という考え方は、当然起こりうる意見と思います。

ただし、現行の 24点法では「盤上の駒で相手に取られそうなもの(浮動駒)は計上しない(未確定である)」とあり、多少の浮動駒があっても早めに持将棋になりやすいわけです。これに対し、27点法では、勝負決着の可能性は高くなる反面、持将棋成立に至る手順は長くなる傾向が予想され、指し直し時点の両対局者の疲労度が確実に大きくなっているという弊害が生じてくると思います。

私見ですが、持将棋指し直しが後日になるタイトル戦の場合は、主催者側が27点法を検討することは一理あると思いますが、通常対局は、現行の24点法でよいと考えます。

投稿: 好俗手 | 2014年8月18日 (月) 03時39分

引き分け再試合ですね。でも勝負の途中から持将棋へまっしぐらというのはどうかなと少し感じられます。持将棋のルールでしょうが、プロが持将棋にもっていこうとするのですから「間違いなく」そうなると分かっていても形をつくるのはどうでしょうか。以前に先生が立ち会い人のお話をされていたと思いますが、正確に「持将棋」の場面をつくるまでもなく「双方に」意志があれば「立会人」裁定で行えるようプロはできないものでしょうか。「持将棋も醍醐味の一つといわれますとどうにもなりませんが。現代ルールとしてのご考慮はどうでしょうか?余談ですが同一局面ルールも何か方法はないのかと思います。こちらは解消される場合もありますので前記の持将棋ほどの興味は持たれていないかもしれません。いずれにしても何か検討の余地がありそうに思えます。

投稿: 千葉霞 | 2014年8月23日 (土) 16時24分

現行ルールでの持将棋裁定は良し悪しでしょうか(私ごときのたわごと)。差はあるものの意見の分かれるところではないでしょうか。良し:これはこれでいいものだ(将棋)が断然多いかも知れません。もう一番やって(同一局面も)勝とうですね。もう一番見られる!意見が多そうです。先人の検討されたルールは的確ですね。そこで少数派ですがもう少し何とか工夫はないものだろうかと考える千葉霞さん、私です。(千葉霞さんを勝手に巻き込みました)羽生先生2勝、木村先生1勝、と1持将棋で字面はいいですね。囲碁ですと半目が必ずついていていずれかに勝負は決します。将棋にも何かないものでしょうか?専門家諸氏(将棋ファン)、田丸先生にお尋ねします。

投稿: 囲碁人 | 2014年8月24日 (日) 18時11分

今回、第5局では羽生さんが先手番だったため、意外でした。
第3局が千日手だったとすれば羽生さんが先手だったので指し直し局は後手、第4局も後手ですよね。
しかし、持将棋局も一局と数えるためにまた先後を入れ替える、ということなんですね。

ということは、例えば最終局までもつれた場合はそこで再度振り駒で先後を決める規定ですが、今回のように持将棋が入った場合は仮に第8局までもつれたとすれば、再度の振り駒はしない(する必要がない)、ということになるんでしょうか。

規定を教えていただければ幸いです。

投稿: popoo | 2014年8月28日 (木) 23時40分

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