将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2014年5月 6日 (火)

第3回電王戦第5局の光景とコメントについて

第3回電王戦第3局の光景とコメントについて

第3回電王戦第3局の光景とコメントについて

第3回電王戦第3局の光景とコメントについて

私は4月12日に東京の将棋会館で行われた第3回「電王戦」第5局(屋敷伸之段―『Ponanza(ポナンザ)』)で立合人を務めました。

写真・上は、将棋ソフトの指し手を盤上で操作するロボットアーム「電王手くん」。対局前の光景です。

私は初めて目の前で見ましたが、駒を盤面に置く動きはじつに滑らかでした。相手の駒を取って駒台に置いたり、成って駒を裏返しする動きも難なくこなしました。着手するたびに光を放ったり、「ウィーン、プシュ」といった電子音を出しますが、対局者はそれほど気にならなかったと思います。対局開始の際は軽く頭を下げ、とても可愛らしい姿でした。私はつい笑みがこぼれてしまいました。

第3回電王戦のMVPは、第1局で菅井竜也五段を見事に破った『習甦(しゅうそ)』が選ばれました。しかし陰のMVPは、プロ棋士対将棋ソフトの勝負を演出面で盛り上げた電王手くんではなかったかと、私は思っています。自動車部品メーカー『デンソー』の子会社が発明したもので、日本の科学技術の進歩を改めて実感しました。

写真・中は、電王戦第5局の夕食休憩の局面。『Ponanza』が△1六香と角取りに打ったところです。

対局者の屋敷九段をはじめ、多くのプロ棋士は「無筋」の一手と思いました。しかし▲2八角△1八香成以下、この香は2九〜3九〜4九〜5九〜6九〜6八〜7九のルートで動き、最後は勝利に大きく働いたのです。私が最も驚いたのは、将棋ソフトが元タイトル保持者に勝った強さだけでなく、プロ棋士の常識を超える無限の可能性(△1六香はその一例)があることでした。

写真・下は、午後3時の「おやつタイム」の光景。対局者だけでなく、現地中継の出演者にも、おやつのケーキが出ました。右から、司会者の藤田優女流初段、ゲストの竹俣紅女流2級、対局者におやつを出した高校生の「おやつガール」。

大盤解説会が開かれた東京・六本木「ニコファーレ」の来場者、将棋会館の控室の関係者にもクッキーが配られました。この時間だけは勝負からしばし離れ、みんなでおやつを楽しんだのです。通常の対局では見かけない光景です。こうしたまったりした雰囲気が『ニコニコ生放送』ならではの特徴といえます。

電王戦の人気は次第に高まっています。第5局のアクセス数は70万以上に達しました。今では『ニコニコ生放送』の3大コンテンツはアニメ・政治・将棋だそうです。

将棋連盟と電王戦の主催者が交わす契約金は、タイトル戦の水準になっています。私たち将棋関係者にとって、電王戦がもたらす経済効果、社会的な影響、新しい将棋ファンの開拓などは、有形無形にとてもありがたいものです。それだけに今後も長く継続するといいのですが、それにはプロ棋士の奮起が何よりも大事です。

プロ棋士が将棋ソフトに負けたことについて、このブログに多くのコメントが寄せられました。

「勝って得るものはなく、負けて失うものが大きいという戦いは、棋士側にとって圧倒的に不利です」(3月19日・《こうめい》さん)、「負けた菅井五段を責めるのではなく、勝った『習甦』を誉めるべきでしょう」(同日・《LMN』さん)、「やはり人間のほうが失策をするようだ、との森下卓九段の実感もよかった」(4月17日・《将棋九段》さん)などのコメントは、棋士に対する擁護論です。

「プロに甘いファンが多すぎます。機械はプレッシャーを感じないから勝った、プロが本気で研究すれば勝てる、というコメントはやめましょう」(3月20日・《IT男》さん)、「コンピューターが見せる新手・珍手にプロが動揺し、対応できない事実、いったいプロは何を研究、努力してきたのか」(同日・《千葉霞》さん)、「プロ棋士もコンピューターに教わる時代になったか! そう感じるのは私だけなのでしょうか」(4月19日・《オンラインブログ検定》さん)などのコメントは、棋士に対する批判論です。

プロ棋士は盤面に向かえば、どんな状況でも最善を尽くして戦うものです。プレッシャーや対局相手の心理の有無と、敗戦は関係ありません。将棋ソフトの強さを素直に認めるべきです。最近は、将棋ソフトとの対戦で研究する棋士もいて、だんだん状況が変わってきています。プロ棋士と将棋ソフトの関係については、改めてテーマにします。

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コメント

電王戦はいつまで続くのでしょうか?現状だと5年持ったらいい方だとしか考えられませんが・・・。棋士が負けてもいいですが、やっぱり2勝3敗くらいのほうが盛り上がりますよね。

すいません。ブログの内容とは関係ありませんが、1つ質問です。現在の7大タイトル戦の序列はどうなっているのでしょうか?また、現タイトルホルダーの森内さん、羽生さん、渡辺さんの序列はどうなっているのでしょうか?教えてください。

投稿: はてな | 2014年5月 9日 (金) 22時43分

電王戦についてひとつ気になる事があります。
それはプロ棋士の対局条件です。棋士は機械と違って生身の人間です。
当然トイレに立つことが必要となります。
第1局の有明コロシアム、第2局の国技館、第4局の小田原城といずれもトイレに行くのにかなりの時間を要したのではないでしょうか?
特に小田原城は長い階段を降りてから特設トイレまで歩くのは往復10分はかかってしまいそうで、森下九段がお気の毒でした。
対局中にトイレに立つのは、気持ちを静めるためにも有効です。
プロ棋士が技術以前の問題で不利にならないように主催者様、将棋連盟様には是非ともご配慮頂きたくお願い致します。

投稿: フライドポテト | 2014年5月10日 (土) 10時48分

 私は電王戦の見せ物的な演出がとても嫌です。お好み将棋とか将棋祭りとかならいざ知らず、棋士の存在価値が問われるような最重要な戦いが、過剰な演出と観衆の狂躁に晒されることに非常な違和感を覚えます。古くからの景勝地に派手な外観の大レジャー施設を建設するのと同じ暴挙のように感じます。
 一度こういうことをしてしまうと、これまでの棋士達のイメージを保つことは不可能です。例えば今期の名人戦。私は今までのようにときめきを感じることができません。永年信じてきた何かが決定的に損なわれてしまいました。一度しらけてしまうと、これまで(将棋観戦を始めて三十年以上になりますが)二人の人間の戦いを通して繰り広げられる栄光と挫折に一喜一憂してきた自分はいったい何だったのか、よく分からなくなってしまいます。夢から覚めてしまったような気分です。
 指し手の意味を独力で判断する棋力を持たない自分が、そこに何を見てきたのか。それは、情け容赦のない勝負の世界で繰り広げられる棋士達の人間模様と、そうした勝負を通して磨かれる彼らの人間的魅力です。彼らは皆、将棋に対して厳しく、勝負の前に潔く、そして輝いています。それは歴史の産物であり文化でもあります。多くの将棋ファンはそこに他のジャンルには見られない天然記念物的魅力を感じ、惹き付けられてきました。そして彼らが見据える将棋の奥深さとトップ棋士達の凄さに、分からないながらも想像を拡げて感動を共有してきたつもりになっていたのです。私はいい年をしたおっさんですが、近年増えてきていた女性ファンの心理も根底は同じだと思います。
 コンピュータ将棋の進歩は時代の流れであり、棋士との対決は避けられなかったでしょう。人間側の敗北も時間の問題だったでしょう。しかし、それはもっと適切な、慎ましい形で進行して欲しかった。これまでの将棋界の雰囲気の中に、自然にその敗北を取り込んで欲しかった。それなら、敗北という津波の後にも将棋界の魅力を温存させることはできたでしょう。それを、コンピュータとの対戦を一大ビジネスチャンスととらえ、華々しくぶち上げて、確かに一時的には経済的成功を収めたのでしょうが、将棋界の持つ掛け替えの無いよきものを破壊してしまって、後に何を残すつもりなのでしょうか。今や、タイトル戦の観戦記を読むときも、順位戦の成績表を眺めるときも、電王手くんやら飛び交うコメントやら有明コロシアムやらが脳裏に蘇るのを防ぐことはできません。棋士達の楽園に心を寄せてきたこれまでの将棋ファンの多くは、楽園がもはや失われたことを知ってそこから離れて行くでしょう。電王戦がもたらした狂躁も数年後には冷めているでしょう。その後、いったい将棋連盟はどういうファン層を期待するのでしょうか。

投稿: 傷心の将棋ファン | 2014年5月11日 (日) 11時50分

かつて「コンピューターが名人に勝つときは来るか?」という質問に森内さんと羽生さんは
2010年と2015年、と答えたと聞きます
次回の電王戦では、自らの予言と戦う二人の姿が見たいです
各タイトルホルダーが1局ずつで7番勝負!などと妄想しております

投稿: おれごん | 2014年5月20日 (火) 13時44分

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