将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2012年8月 6日 (月)

米長邦雄永世棋聖が『週刊現代』で連載中の「名勝負今昔物語」に田丸が登場

米長邦雄永世棋聖が『週刊現代』で連載中の「名勝負今昔物語」に田丸が登場

米長邦雄永世棋聖は『週刊現代』で「名勝負今昔物語」というエッセイを連載しています。その欄には毎回、いろいろな棋士が登場し、米長一流のユーモアあふれる筆致で公私にわたるエピソードや印象に残る1局を紹介しています。

今週発売の『週刊現代』(8月18日・25日合併号)には、前回の櫛田陽一六段に続いて、私こと田丸昇八段が登場しています。師弟が連続で登場するのは初めてだそうです。

写真は、「名勝負今昔物語」の記事の冒頭部分。今週号で94回目を数えました。

「名勝負今昔物語」に登場する棋士は、ベテラン・中堅・若手・故人と様々です。その中には米長とは交流がなさそうな若手棋士の私生活を書いた記事があり、よく知っているものだと驚いたことがあります。じつは米長は執筆にあたり、登場する棋士と会ってじかに取材しているそうです。私も7月上旬に米長から取材の依頼を受け、東京・鷺宮の米長の自宅に出向きました。

私にとって米長は佐瀬勇次名誉九段一門の兄弟子で、入門から45年以上の間に数え切れないほど会っています。しかし2人だけで向かい合って話したことは、たぶん初めてかもしれません。当初は少しばかり緊張しました。そのうちに昔の思い出話をしていくと、いろいろな記憶がよみがえり、私の口調も滑らかになりました。

今回の「名勝負今昔物語」には、15歳から師匠宅で過ごした3年間の内弟子生活、その後の自活の日々、奨励会の仲間たちと発行した同人誌「棋友」、三段リーグの厳しい戦い、「東西決戦」での敗北とそれから2年後の勝利、棋士デビュー対局で後援者から贈られた和服を着用など、主に奨励会時代のエピソードが載っています。

写真にある「英語は美人の口移し?」という見出しは、私の趣味や私生活を表現したものです。その意味を説明すると長くなるので、興味のある方は週刊誌を読んでください。

最も印象に残る1局は、1992年(平成4年)3月に行われたB級1組順位戦・島朗七段戦を挙げました。最終戦の対局で勝者がA級に昇級できる直接対決の大一番でした。形勢が数転した末の最終盤で、私が詰めろをかけた1手が詰めろではなく、それを詰めろと読み違えた島の悪手によって、私が逆転勝ちしました。

A級昇級を果たした20年前のあの対局の勝利は、運が良かったというしかありません。その後の私の棋士人生は、島戦で勝負運を使い切ってしまったのか、成績不振がずっと続いて今日に至っています。ただ別に悔いはありません。

米長永世棋聖は7年前に将棋連盟会長に就任し、将棋界の発展に尽力しています。しかし名人戦契約問題、女流棋士独立問題などでは、いろいろと批判を受けることが多く、ネット上ではかなり辛辣な言葉が飛び交ったようです。

6年前の名人戦問題では、『週刊現代』が米長のことを公私にわたって批判する記事を何度も掲載しました。その後、米長が発行元の講談社に対して名誉毀損で訴えるという事態になりかけたのですが、講談社から「米長さんは名うての名文家と聞いています。『週刊現代』にエッセイを書いていただけませんか」という和解の申し出を受け、米長の連載が2年前から始まったそうです。

まあ裁判で争うよりも、棋士たちの盤上の戦いを誌上で活写するほうが、当事者にとっても将棋ファンにとっても、はるかにプラスといえるでしょう。

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コメント

10日ぶりに田丸先生のブログを拝見しました。
ブログを拝見する前に、週刊現代は読んでいました。

あっ、田丸先生のことが書かれている!
色々と知らないエピソードが載っていました(笑)。

でもハッキリ思うのは、米長さんは会長として不適格ですね。
今回の中川前理事の辞任にしても、女流棋士問題にしても、神谷氏問題にしても、とんでもない理事長だと思います。早く別の人に変わって欲しいです。

投稿: ヨッシー | 2012年8月 8日 (水) 17時49分

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