公式戦での記録係不足問題のコメントについて
公式戦の対局の記録係が不足している問題に関して、現状への意見や対策を述べられたコメントが数多く寄せられました。それにしても反響の大きさに驚いています。
「土日・祝日の対局を増やせば、義務教育中の奨励会員が大切な勉強の場である記録係を務められると思います」という内容のコメント(7月16日)は《関東のホークスファン》さん。
将棋連盟が立ち上げた「奨励会制度委員会」でも同じ案が出ました。ただ将棋会館では、土日・祝日に奨励会の例会(月2回)や様々な将棋会が行われていて、対局室の確保が難しい状況です。せいぜい1日に2~3局が限度だと思います。
「記録係がつかない対局で勝者が棋譜を書いて提出する場合、棋譜には指し手ごとの消費時間が記入されません。それは、あまり重要視されないのでしょうか」という内容のコメント(7月18日)は《通行人》さん。
新聞の観戦記には1手ごとの消費時間が掲載され、読者はその長短で対局者の考えや戦いの経過を推し量ります。それは対局を鑑賞するうえでのキーポイントです。ただ持ち時間の少ない対局では、チェスクロック使用が多いです。その場合、記録係は棋譜用紙に1手ごとの消費時間を記入せず、5手ごとに通算時間を記入します。記録係がつかない対局では、それはもちろん不可能です。
「昔は奨励会員とプロ棋士の間にははっきり実力差があり、勉強の場にもなったでしょうが、今となってはアルバイトのようなものでしょうね」というコメント(7月19日)は《ネブラスカ》さん。
昔の奨励会員には、記録係は大切な勉強の場という認識がありました。私も棋譜を書きながら、対局者になったつもりで読み、局後には対局者の感想をメモに残しました。今の記録係を見ていると、正座を崩さずきちんとした態度ですが、勉強というよりも義務として務めている感じがします。中にはアルバイト感覚で、持ち時間が少ない対局を数多くこなす奨励会員もいるようです。まあ、そういう時代なのです。
「奨励会の有段者にもなれば、フリークラス棋士や下位棋士より強いでしょうから、彼らの記録係を務めるより、棋譜並べ・詰将棋・研究会などに時間を費やしたいと考えるのは当然だと思います」というコメント(7月22日)は《堺市民》さん。
じつに辛辣な内容のコメントですね。私自身が思い当たるものがあり、実際にそう思っている奨励会員はいるかもしれません。ただ奨励会では、効率的な研究方法だけで四段になれるわけではありません。何事も修業という謙虚な心構えも大事だと思います。なお奨励会の幹事の話によると、四段昇段候補の三段、年齢制限が迫っている奨励会員には、心情的に記録係を頼みにくいとのことでした。
「順位戦の持ち時間6時間は短縮してほしいです。どう頑張ってもリアルタイムで観戦できません」というコメント(同日)は《堺市民》さん。
確かに順位戦の対局では、大詰めの終盤の局面は深夜になります。ネット中継を見るほうも大変です。ただ順位戦の成績は昇進や棋士生命に大きく影響するので、持ち時間の短縮を訴える棋士は少ないです。前記の委員会では、ある若手棋士が、現行のストップウォッチ(60秒未満は切り捨て)使用ではなく、チェスクロック(切り捨てはなし)使用にすべきと主張しました。これは検討していい案だと思います。
「対局開始を9時にすれば、終電などの問題も軽減するのではないでしょうか」というコメント(7月23日)は《しゃーふ》さん。
これも委員会で出た案です。しかし10時開始は長年の制度のうえに、多くの会社、役所が9時始業としていて、交通機関が最も混雑する時間帯に出かけることになるので、反対する棋士が多いでしょう。休憩時間の短縮(現行は昼食・夕食ともに50分)の案も出ましたが、実効のほどはあまりないと思います。
そのほかに《鉄拐》さん、《psychs》さん、《べっけんばうあー》さん、《popoo》さん、《ネブラスカ》さん、《オヤジ》さんから、パソコンとカメラなどを使って棋譜を自動入力させる案が寄せられました。それらの貴重な提言については、改めてブログのテーマとします。
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コメント
いつも興味深い話をありがとうございます。コメント差し上げるのは初めてです。
奨励会員の方の意識の変容が記録係の不足の主な原因として想定されているように先生のエントリからは理解したのですが、記録係の待遇が現在の社会が許容しないものであることが遠因かとも愚考します。
たとえば休憩時間の短縮は、一見記録係の負担減につながるように見えますが、そうなのでしょうか。先生のエントリからは、昼食休憩のある棋戦では50分の休憩、夕食休憩もある棋戦では併せて100分(1時間40分)の休憩があるように理解しましたが、この現状ですら、すでに夕食休憩のない持ち時間4時間の棋戦では、8時間超の労働時間につき50分の休憩しかなく、労基法の休憩規定を満たさないように懸念します(5時間超の労働に45分、8時間超に1時間)。これをさらに短縮することは、記録係の方により負担になる可能性もあるように思います。
またこの仮定にたったうえで順位戦の記録を考えると、終了が午前1時を越えた場合には時給換算で東京都の最低賃金をあるいは下回っていないでしょうか。誤解がありましたらお許しください。
記録を残すことは大事ですが、誰かの犠牲にたったシステムは長くは続かないように思料致します。棋士の先生方をはじめ、たとえば労働法務の専門家など、各界の知恵を結集して現状が改善されることを卒時ながら祈念しております。
投稿: Britty | 2012年7月30日 (月) 02時45分
はじめまして。
とても興味深い記事でしたので、改革案について少し私も書かせていただけたらと思います。
まず持ち時間二時間程度までの対局は原則記録係を付けず、対局時計で行う。ただし(連盟の懐事情にもよりますが)トラブル防止の為、これらの対局は全て天井カメラで撮影。出来ないのであれば棋士の良心と最近導入された対局立会人の技量を信じる。そして、棋譜は勝者が記入する。
その上で、なのですが(これも連盟の懐事情によりますが)記録係を数人程度、契約社員のような形で雇うのは如何でしょうか?
もちろん記録を取るだけの人間にそれほどの賃金は補償出来ないでしょうから、契約社員の方には棋譜や記録、データの管理等々、記録に関係する仕事の一切を任せます。そして当然この人数では記録は取り切れませんから、足りない部分について奨励会員、研修会員にもやって貰い、これらの依頼と調整についても契約社員が管理するようにすれば、幹事の先生や連盟職員の方の仕事を軽減出来るのではないでしょうか?
問題は費用だと思います。この辺りは部外者には見当も付きませんが、対局時計で済ます対局で多少なりとも浮くお金もあるでしょうし、検討の価値ぐらいはあると思うのですが・・・。
蛇足ながら、今日「東急将棋まつり」に行って来ました。とても楽しい時間を過ごさせていただきましたが、ここでもたくさんの奨励会員の方が働いていました。奨励会員の中には棋譜を取ったりこういった仕事で生活の糧を得ている方もいるでしょうし、NHK杯やタイトル戦等の記録を取る奨励会員の方を見て応援する気持ちが我々見ている側にも起こったりもしますが、本分はあくまで棋士になる事なので余りにも大きな負担は背負わせないであげて欲しいなあと思います。
全くの素人の考えですが一読していただけたら幸いです。
投稿: ただの将棋好き | 2012年7月30日 (月) 23時05分
記事のコメントに「奨励会三段まではインターネット対局にかえる」というのがありましたが、私も賛成です。何より記録係がひとりもいらなく、正確に棋譜が記録できるからです。先日名人戦の大盤解説で糸谷哲郎六段と話をしていたら、彼は奨励会三段でR3000(ネット道場)で指していて、今はR3300位の実力といっていました。今ある強い将棋ソフトに現状では、持ち時間15分でしたら、タイトルホルダー以外ほとんどのプロ棋士は将棋ソフトに勝てない。このことは、「我や破れたり」米長邦雄著の中でも正直に書かれていますし、将棋ソフト「ponanz」がネット道場で最高位についたことでも、誰も疑いのない事実でしょう。上記の事を踏まえて、将棋界も大改革していかないと、大変な事になるでしょう。
投稿: オンラインブログ検定 | 2012年8月16日 (木) 15時46分
「奨励会三段まではインターネット対局にかえる」は、無理と思います。何故かというと
「大和証券ネット最強戦のような厳格な手続きを踏まない限り、ネットの向こうで本当にその奨励会員が指しているか誰も保証できない」
からです。
一般のネット将棋は、「お遊び」ですから、 ネットの向こうで誰が指していようとどうでも良く、逆に、そんなことを知る必要もありません。問題になるのは「ネット指しの追放」程度です。
しかし、プロへの登竜門である奨励会の場合は全然違いますよね。誰が指しているのかが確かでなくては話になりません。
地方在住の奨励会員にとって負担になるのは確かですが、
「東京か大阪の将棋会館で、奨励会の例会を行う」
ことは今後も継続するしかないでしょう。
投稿: オヤジ | 2012年8月17日 (金) 02時20分