将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2012年3月12日 (月)

田丸が『週刊将棋』の記事で紹介した新天地で活躍している元奨励会員

田丸が『週刊将棋』の記事で紹介した新天地で活躍している元奨励会員

田丸が『週刊将棋』の記事で紹介した新天地で活躍している元奨励会員

私が『週刊将棋』(駅の売店などで販売)で不定期に連載している「丸の眼」という評論コラムで、現在は新天地で活躍している元奨励会員の人たちを紹介する記事を2月から隔週で書いています。

今週号(3月14日号)では、大手テレビ局のTBSに勤務している朝比奈和夫さん(写真・下)を紹介しています。※写真の人形はTBSのマスコット人形「ブーブ」。

朝比奈さんは15歳のときの1980年(昭和55年)、佐伯昌優九段門下で奨励会に6級で入りました。同期生には日浦市郎八段、佐藤秀司七段、中田功七段などがいました。奨励会では5級へすぐ昇級しましたが、以後は不成績が続きました。そこで挫けずに頑張れば転機がいつか来るものですが、すっかり落ち込んでしまったのです。やがてアマ時代に抱いた将棋の楽しさがなくなり、指すことが苦痛に感じたそうです。そして2年後に奨励会を退会しました。

朝比奈さんはその後、TBSに就職しました。入社試験の面接では、少年時代に棋士をめざしたことを自分から話しました。奨励会を早く退会したので、挫折感はあまりなかったそうです。配属された営業の部署では、番組を協賛するスポンサーの担当者を接待することがよくありました。そんなときは、相手の担当者の食事の好みや帰宅しやすい二次会の場所など、飲みながら先のことを考える「3手の読み」をするのが常でした。また相手の担当者は年配の人が多いので、将棋やお寺(朝比奈さんの実家は鎌倉の臨済宗のお寺)の話題を出すと大いに盛り上がるそうです。このように将棋で経験したことが、営業の仕事に役立っているとのことです。

2月29日号では、作家の橋本長道さん(写真・上)を紹介しました。

橋本さんは15歳のときの1999年(平成11年)、井上慶太九段門下で奨励会に6級で入りました。同期生には豊島将之六段、村田顕弘五段などがいました。奨励会では3級まで順調に昇級しましたが、以後は成績が低迷しました。大学受験にも失敗し、何もかも中途半端で自暴自棄になったそうです。そして19歳・1級のときに奨励会を退会しました。その後、金融関係の大手企業に就職しました。しかし職場の空気になじめず、1年後に退社しました。こうして奨励会員としても社会人としても挫折したのです。

橋本さんはその後、何か創造的なことをしたいと思い、作家をめざしました。小説の構想を立て、話の展開をあれこれ想像し、執筆に集中していると、将棋との類似性を感じることがありました。小説の執筆は将棋の楽しさに似たものがあり、奨励会時代に乗り越えられなかった何かを実現できるような予感がしたそうです。そして、日系ブラジル人少女が中心人物の『サラの柔らかい香車』という将棋を題材にした作品を「小説すばる新人賞」に応募すると、応募総数が約1300作の中から受賞に至ったのです。橋本さんは、それによって作家のスタート地点にやっと立つことができました。

このブログで紹介した朝比奈さんと橋本さんは、少年時代に奨励会に入って棋士をめざしましたが、成績が低迷して退会しました。しかし早めに見切りをつけたことで、ほかの世界への転身が成功しやすかったともいえます。両者に共通するのは、奨励会で修業した経験が新天地で大いに役立っているということです。

私が『週刊将棋』で連載している「丸の眼」では、そんな人たちを短期シリーズで紹介していきます。その職種は、ほかにカメラマン、マッサージ師、ラーメン店主、税理士、競馬ライターなど、多岐にわたっています。楽しみにしてください。

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