作家・貴志祐介さんの小説『ダークゾーン』が将棋ペンクラブ大賞で特別賞を受賞
9月中旬に「将棋ペンクラブ大賞」の贈呈式が開かれました。中でも注目されたのが、小説『ダークゾーン』で特別賞を受賞した作家の貴志祐介さんでした。
写真は左から、観戦記部門・大賞の後藤元気さん、貴志さん、文芸部門・大賞の塩田武士さん、技術部門・大賞の金子タカシさん。
後藤さんは2009年度のNHK杯戦準決勝・渡辺明竜王―糸谷哲郎五段戦の観戦記で受賞しました。以前に奨励会で修行した経歴があります。
塩田さんは神戸新聞社に勤務する王位戦の担当記者。将棋のタイトル戦の現場を初めて見た経験などを元にした小説『盤上のアルファ』で受賞しました。奨励会の三段リーグ編入試験を受ける元奨励会員が主人公です。昨年の小説現代長編新人賞でも受賞し、それを契機に作家デビューしました。
金子さんは寄せの手筋をわかりやすく解説した『寄せの手筋200』で受賞しました。東大将棋部時代からアマ棋界で活躍し、アマ竜王戦優勝、朝日アマ名人戦準優勝などの実績があります。理数系の研究者らしい整理能力を生かした著書はとても好評です。
貴志さんはホラー、ミステリー、SFの分野の小説を書き、『黒い家』『硝子のハンマー』『悪の教典』などの作品は、文芸関係の賞を受賞したり映画化されました。今年2月には、人間が異形化して将棋の駒のようになって敵と戦い、生死をかけた「対局」で壮絶な闘争を繰り広げる、SFファンタジー小説『ダークゾーン』を発表しました。
その貴志さんは熱心な将棋愛好家です。「いまだに初心者の域を脱しないヘボ将棋」と謙遜しますが、二、三段の棋力があります。私は10年ほど前に貴志さんと会う機会があり、2枚落ちの手合いで指しました。定跡形から離れた展開となって下手は難局でしたが、中盤で歩の手筋を連発して上手陣に攻め込み、終盤でしっかりした寄せで私に勝ちました。将棋を愛好する作家の中では、有数の実力者だと思います。
貴志さんはある生命保険会社に就職しました。しかし少年時代から抱いていた作家になる夢を捨て切れず、30歳のときに退職しました。それ以降の数年間は発表するあてのない小説を書き続ける日々で、ずっと無収入の状態でした。そして貯金が尽きかけたころに、やっと作家デビューを果たしたのです。貴志さんは「最後の1歩で攻めがつながったようなものです」と、将棋にたとえて当時を振り返りました。
1997年(平成9年)には、生命保険業界を題材にして保険金殺人が起きる『黒い家』を発表し、日本ホラー小説大賞を受賞しました。その年には和歌山で保険金詐欺がからむ「毒入りカレー」事件が起きました。小説の内容との関連性がマスコミにも注目され、文庫本を合わせて60万部以上のベストセラーになりました。貴志さんは以前に勤めていた業界のことを悪く書くような話なので、当初はためらいがあったそうです。しかし受賞式に元の会社の上司や同僚がお祝いに来てくれ、胸を撫で下ろしたとのことです。
98年にA級棋士のまま29歳の若さで亡くなった村山聖九段は、短い生涯の間に何千冊もの本を読んだ大の読書家でした。厳しい批評眼を持っていて、読了した本を誉めることはあまりなかったそうです。その村山が絶賛したのが『黒い家』でした。子どものころから病気がちで、自分の寿命が決して長くないことを自覚していた村山が本気で怖がったというのですから、小説の内容の恐ろしさは半端ではありません。
私が貴志さんに村山の話を伝えると、「村山さんのことは以前から注目していました。私の本を読んでくれたとは、とてもうれしいですね」と語りました。じつは村山が愛読していた海外の数人のSF作家と、貴志さんがかつて愛読した作家とは、ほぼ同じであることがわかりました。貴志さんと村山は、目に見えないところでつながっていたのです。
次回は、今年のアマ名人戦。
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