将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年8月20日 (土)

引退した勝浦、伊藤、児玉、神吉など6人の棋士の思い出

「今期は勝浦修九段(65歳)、伊藤果七段(60歳)、児玉孝一七段(60歳)、松浦隆一七段(59歳)、飯野健二七段(57歳)、神吉宏充七段(52歳)といった個性派棋士の引退が目立つように思います。その棋士たちとの思い出を話していただきたいです」というコメント(7月19日)は《いまむら》さん。

実力主義のプロ棋士の世界においては、強くて成績が良ければ生涯現役を貫くことも可能です。大山康晴十五世名人は現役A級棋士のまま69歳で亡くなりましたが、存命だったら80歳まで現役を続けたかもしれません。現代では、最年長の内藤国雄九段(71歳)、加藤一二三九段(71歳)がいまだに現役棋士として頑張っています。その一方で、実力が落ちて成績不良となり、結果的に40代・50代で引退を余儀なくされるケースも生じます。前記の引退した6人の棋士は私と同世代で、思い出はいろいろとあります。

勝浦の棋風は鋭い切れ味があり、「カミソリ」の異名が付きました。約30年前に大山―米長邦雄(永世棋聖)戦の終盤を棋士たちが控室で検討したとき、米長が勝ちそうな局面で決め手がなかなか見つかりませんでした。すると囲碁を打ちながら横目でたまに見ていた勝浦が「そこはこう指すものでは…」と言いました。ぼんやりとしたやや意味不明な一手でした。しかし調べてみると、十数手後の受けの好手を含む味わい深い一手で、米長の勝ち筋が明らかになりました。やがて米長が指したその一手がモニターテレビに映し出され、「さすがにA級棋士(勝浦)は違う」と一同は感心したものでした。

私は1990年代前半、将棋連盟の同じ理事として勝浦とは将棋会館でよく会い、夜は近くの居酒屋で飲みました。勝浦は楽しい酒でしたが、酔うほどに感情が高ぶると、時には強い口調で説教することがありました。昔から「いばり酒」として有名でした。しかし翌日に「昨夜は言い過ぎたね」と笑顔で言われると、また今夜も飲みたいと思ったものです。

私は、伊藤が京都に住んでいた10代のころから親しくしていて、関西に行ったときは自宅に泊めてもらいました。お互いにクラシック音楽の趣味があり、名曲喫茶で3時間も話し込んだり、クラシック好きの女子大生との飲み会に誘ったりしました。青春の一時期を一緒に過ごした親友でした。伊藤の得意戦法の「風車」には悩まされました。防戦に徹する独自の指し方は、私のような攻め将棋は格好の獲物だったのです。

伊藤は私と同じように早めにフリークラスに転出すれば、現役期間を65歳まで延長できました。しかし約10年前から勝てなくなって勝負が辛くなり、60歳での引退を視野に入れていたそうです。ただひとつの心残りは、愛弟子の及川拓馬四段との師弟戦の対局が実現しなかったことでした。今後は詰将棋作家としての活動に専念するでしょう。

児玉は20歳で奨励会に入り、28歳で四段に昇段した遅咲きの棋士でした。そんな経歴もあってか、独自に編み出した戦法が「カニカニ銀」でした。居玉のまま《▲5八飛・9七角・4六銀・6六銀・7七桂》の陣形に組み、中央突破を図るじつにユニークな指し方でした。正直なところ、プロ棋士相手に通用するとはとても思えませんが、けっこう好成績を残したものです。その独創性が評価され、8年前に「升田幸三賞」を受賞しました。データ将棋が全盛の現代で、児玉のような異能派の棋士は貴重な存在だったと思います。

松浦は「トン死の松ちゃん」という異名があり、私も公式戦でトン死を食って負けたことがあります。

飯野の思い出は、7月15日のブログで詳しく語りました。

神吉は、将棋も普及活動も日常生活もサービス精神の塊みたいな棋士でした。今後は特異な才能を生かし、華々しく「太く」長く活動していくでしょう。神吉は師匠(内藤)より早く引退したことが、「親に先立つ不孝」のようで心苦しいと語りました。その気持ちはよくわかります。私の弟子の櫛田陽一六段(46歳)も、来年には神吉と同じ立場になるからです。

次回は、棋士派遣で行った青森。

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コメント

こんばんわ。私も引退された先生方の思い出があります。
まず神吉七段。
五段当時に知り合いましたが、当時は一色スーツ(青・黄色・ピンクなど)ではなく、地味なスーツ姿でした。
十数年前のNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』に出られてから、『一色スーツ』が目立つようになりました。
『将棋界の、歩く広告版』『営業部長』『エンターテイナー』・・・色々言われていますが、『双玉詰将棋作家』としても有名です。
今後もどこかのイベントで『神吉節』を炸裂させていただきたいです。

児玉七段。
イベントなどでちょくちょくお世話になりました。
ちなみに奨励会員の児玉星湖1級は、『いとこの息子』であり、その縁で門下生になられたとか。
その星湖くんの四段昇段を願う限りです。

伊藤 果七段。
20数年前にNHK将棋講座講師になられ、やはり終盤を題材にした講座で、けっこう勉強になりました。
現在みたいに講座が単行本化されていないのが悔しいです。
最近のイベントでも、娘さんの明日香女流初段と出られているのを見たことがあります。
その際も難解詰将棋を出して、皆を悩ましていましたcoldsweats01

飯野七段。
関東の名棋士・関根 茂九段門下筆頭として、一門をまとめ上げ、昨年、師匠の盤寿の祝いを催し、喝采を浴びていました。
最近は、島九段らと震災地に訪れたとか。
娘さんの愛さんは、女流棋士を目指して研修会で勉強中とか。
それがかなったときの飯野先生のコメントも楽しみです。

勝浦九段と松浦七段は、残念ながらお会いした事はありませんが、NHK杯での対局姿は何度も見ました。

各先生方には『お疲れ様でした。第二の棋士人生になりますが、またがんばってください』と申し上げますhappy01

投稿: S.H | 2011年8月22日 (月) 02時20分

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