将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年8月13日 (土)

終盤の95手目まで同一手順が続いた王位戦(広瀬王位―羽生二冠)第4局

今週に行われた王位戦(広瀬章人王位―羽生善治二冠)7番勝負第4局の将棋には驚きました。後手番の羽生の誘導で横歩取りの戦型となり、終盤の95手目まで前例ある戦いの同一手順が続いたのです。その前例局は昨年のB級1組順位戦(井上慶太九段―畠山鎮七段)で、激闘の末に後手番の井上が勝ちました。

そもそも振り飛車を得意として「振り穴王子」の愛称がある広瀬が、勝てば3勝1敗となって王位防衛へさらに前進する第4局で、横歩取りを指したことが不思議でした。しかし公式戦データを調べてみると、広瀬はこの数年間に横歩取りで5勝(先手番で4勝、後手番で1勝)していました。十分な自信をもって臨んだようです。

横歩取りには様々なパターンがあります。第4局で羽生は実戦経験が豊富な展開に持ち込みました。広瀬は実戦経験がなかったのですが、井上―畠山戦の棋譜は知っていました。どこかで変化して分のある戦いにする目論見でしたが、結果的にそんな状況にならずに前例局をたどりました。そして96手目、羽生は▲5三香の王手を△同銀(井上は△6一玉と逃げた)と取って前例局から分かれました。その後、広瀬は詰めろ逃れの詰めろの攻防手を放ったり、玉が中段に逃げ出して抵抗しましたが、羽生が着実に寄せきりました。これで戦績は、ともに2勝2敗の五分となりました。

横歩取り、角換わり腰掛け銀などの流行型では、前例ある戦いがよく展開されます。対局者は日頃の研究や新工夫を試み、どこかで一方が指し手を変えるものです。王位戦第4局のように、前例局で勝負が明らかとなっている終盤の局面まで同一手順が続いたのはとても珍しいことでした。ちなみに、過去には101手まで同一手順の実戦例がありました。

今期のA級順位戦(渡辺明竜王―郷田真隆九段)でも、同じようなことがありました。角換わり腰掛け銀の流行型から攻め合いとなり、先手番の渡辺は郷田の玉を受けなしに追い込みました。その局面で渡辺の玉に即詰みがあるかどうかが焦点ですが、きわどく逃れて先手が勝ちという結論がすでに出ていました。ある若手棋士の定跡書にも紹介されています。しかし郷田には何か秘手があるかもしれないと、控室の検討陣は注目していました。結果はやはり即詰みがなく、渡辺が勝ちました。感想戦で渡辺に「定跡なので」と言われた郷田は、「そうですか、定跡ですか…」と茫然としていたそうです。

郷田は決して研究不熱心な棋士ではなく、流行型の将棋もよく指します。ただデータにはあまり頼らず、自身の将棋観や表現を重視しています。渡辺戦では結論が出ているとは知らずに、たまたま入り込んでしまったようです。

このように流行型の将棋を指すには、日頃から研究を重ねておかないと「知らないで負ける」ことがあります。しかし、流行型ばかりで研究会の将棋をなぞるような風潮は、プロ将棋の魅力という点で果たしてどんなものでしょうか…。

私は流行型の将棋とはいっさい無縁です。いつも自分の好きな将棋を指しています。今週の11日の瀬川晶司四段との対局(竜王戦)では、矢倉模様から居角の形で相手陣をにらむ陣形に組みました。機を見て▲4五歩△同歩▲同桂と攻める狙いです。そういう指し方を公式戦でよく用いています(ほかの棋士はほとんど指しません)。ただ角筋を通す6筋の位を逆襲されたり、守りが弱い角頭を攻められたり、なかなか思うようにいきません。瀬川戦では《▲8八角・7八銀・7九玉・6七金・6九金・5七銀》と左美濃に組む新工夫を試みました。その作戦は良かったのですが、仕掛けた際に不必要な1筋の突き捨てが悪く、相手に歩を多く渡したことで反撃されて苦しくなりました。終盤に追い込みましたが及びませんでした。

この対局は当日に携帯電話で中継され、「仕事の合間に観戦します。熱戦を期待しています」(関東のホークスファン)、「田丸八段の武運を祈っています」(修造)という応援コメントをいただきましたが、ご期待に添えませんでした。

次回は、コメントへの返事。

|

対局」カテゴリの記事

コメント

いつも興味深く拝見させていただいております。
今回「流行型ばかりで研究会の将棋をなぞるような風潮は、プロ将棋の魅力という点で果たしてどんなものでしょうか…。」と書かれていらっしゃいますが、同感でした。(田丸先生からそのようなお話がありましたので何かホッとした次第です。)
ファンの方によりいろいろと思いますが、私は(ちなみにアマチュア級位者です)そのような将棋はちっとも面白いと感じません。何か「勝ち星のみ」を目指しているのではないか、と感じることもあります。
ファンにみせることが仕事であれば、おもしろい「予想外」のねじり合いみたいな戦いを、もっともっとたくさんみせてほしいと思います。
一方で、プロの先生方の神聖なる領域に文句を言いたくないという気持ちもあり、複雑です。

投稿: 地蔵流2 | 2011年8月14日 (日) 02時25分

田丸八段、先日の携帯中継の将棋は結果には納得いかないかも知れませんが若々しく観戦している身としては楽しませて頂きました!

勝負事ですから負ける事もあるのは致し方ないですがプロである以上、内容が大切と思います!田丸八段は非常に魅力的な棋士と思います!

これからも楽しい将棋を魅せて下さい!

投稿: 関東のホークスファン | 2011年8月17日 (水) 14時57分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 終盤の95手目まで同一手順が続いた王位戦(広瀬王位―羽生二冠)第4局: