将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年7月28日 (木)

草創期のテレビ番組の思い出と初期の将棋NHK杯戦

テレビの本放送開始は1953年(昭和28年)でした。それから58年たった今年の7月24日、テレビの地上放送はアナログからデジタルに完全移行しました(東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県を除く)。当日は、草創期のテレビ番組を紹介した特別番組が各局で放送されました。私にも当時の思い出があります。

私は5歳だった55年、近所のおじさんに連れられて行った居酒屋で、初めてテレビを見ました。当時はテレビがある家はまだ少なく、街頭や飲食店で見るのが一般的でした。お目当ての番組は、国民的ヒーローだった「力道山」が活躍したプロレス中継でした。おじさんは酒を飲み、私は中華そば(1杯30円)を食べながら、得意の空手チョップを駆使して外国人レスラーと戦うその勇姿に興奮したものです。力道山のほかに、柔道出身の遠藤、怪力の豊登、技巧派の吉村、頭突きのグレート東郷などが個性的でした。

私が最も印象に残っているプロレスは、力道山と必殺技の「足四の字固め」を武器にしたザ・デストロイヤーとの初対戦でした(63年)。その放送の視聴率は歴代4位の64%を記録し、多くの人たちが注目しました。試合は壮絶な攻防が繰り広げられ、足四の字固めをかけられた力道山は懸命にこらえました。勝負は時間切れ引き分けとなり、力道山は試合後に「四の字固めをかけられた部分の筋肉が引っ込んだまま」と語ったものです。ちなみに力道山は将棋が大好きで、将棋連盟から三段免状を贈られました。

私の親が電気関係の仕事だったので、割りと早い時期から家でテレビを見ていました。

スポーツ番組では、天皇陛下が観戦した初の天覧プロ野球(巨人―阪神)でサヨナラ本塁打を打った長嶋茂雄(59年)、ボクシング・フライ級世界選手権で連打でKOして世界チャンピオンになった19歳のファイティング原田(62年)、東京オリンピックの女子バレーボールで金メダルを獲得した日本の「東洋の魔女」(64年)が思い出深いです。

少年活劇ドラマは『月光仮面』『まぼろし探偵』『少年ジェット』、西部劇は『ローハイド』『ララミー牧場』、外国ドラマは『ベン・ケーシー』『逃亡者』『サンセット77』、刑事ドラマは『七人の刑事』『特別機動捜査隊』『鉄道公安36号』などを見ました。

こうして振り返ってみると、子どものころは「テレビっ子」だったようです。その私が初めて将棋番組を見たのは、棋士をめざしていた中学時代の64年でした。NHK杯戦・大野源一八段―加藤一二三八段の対局でした。得意の振り飛車で軽妙にさばいていく大野に対して、受けの棋風という加藤の粘り強い指し方が対照的でした。勝負は加藤が勝ち、凛々しい加藤(当時24歳)の対局姿に魅了された私はすっかりファンになりました。

じつは後日、私は「棋士になるにはどうしたらよいのですか。ぼくはアマ6級とまだ弱いですが、加藤先生みたいに受けが得意です。ぼくを弟子にしてくれるように頼んでくれますか」という内容の手紙を将棋連盟に送りました。もちろん、そんな一方的な頼み事が通るわけがありません。連盟からの返事はきませんでした。

将棋のNHK杯戦が創設されたのは51年度で、当初はラジオ放送でした。62年度からはテレビ放送に切り替わりました。初期の出場棋士は上位8人だけでした。毎年1月から放送が始まり、囲碁のNHK杯戦と隔週放送でした。60年代半ばのころは、解説は加藤治郎(名誉九段)、聞き手は作家で観戦記者の倉島竹二郎さんがレギュラーでした。なお棋譜読み上げは木村嘉孝(七段)、記録係は元観戦記者の東公平さんが務めました。

NHK杯戦の出場棋士は、第16回の66年度から16人に増え、第27回の77年度から26人に増えました。そして第31回の81年度からは、全棋士が参加する現行制度となって50人に増え、毎週放送となりました(それ以前は囲碁との隔週放送)。

次回は、コメントへの返事。

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コメント

田丸先生、いつも楽しく拝見しています。
連盟に出した手紙の話はビックリしました。
先生が棋士に憧れるそのような時代があったのですね。
感慨深いです。


さて質問なんですが森本さん、森田さん達との駒落ち対局
の話で思ったのですが、トッププロは二枚落ちだと奨励会
入会したばかりの少年少女に勝つものなのでしょうか?

例えば現在のタイトルホルダー5人が、入会したばかりの
5人の少年少女と対局をすると仮定します。5局ともプロが
勝ってしまうと思われますか?

奨励会に入る位の子供と言っても、小学生名人戦優勝者も
いれば、ギリギリで入会する子供もいますよね。また対局者
同士の棋風が合う合わないなども有りますので、仮定の話
で結構ですが…。

定石知らずの私のような素人でさえ、プロ棋士と対局して
二枚落ちで負けてしまうというのがどうも信じられないの
です。多分コロっと負かされるのでしょうが…。
なんとなく「二枚落ちならさすがに勝つよね」とどうしても
思ってしまうのです。
(私はプロの指導を受けたことはありません。)

よろしくお願いいたします。

投稿: しおんの王☆ | 2011年7月30日 (土) 00時22分

田丸先生、いつも楽しく拝読しています。
田丸先生の「NHK将棋講座」は記憶しています。確か、前任は原田先生だったと記憶しています。
あの頃のNHK杯は、16人制のトーナメントでした。そして、あの頃のオープニング曲(軽やかなピアノで始まる、ズシ~ンとした重たい曲でしたw)が私は大好きで、今でも時々口ずさんでいますw
トーナメントが26人制になった時に、このオープニング曲は代わってしまったのですが、第一局の対局者だった内藤先生が、冒頭のインタビュー時に、「曲が変わりましたね」というようなことを言われたのを記憶しています(さすが、音感が鋭いと感心したものです)。
田丸先生、これからも、我々の知りえない、棋界の楽しいお話をお聞かせください。失礼しました~

投稿: カクザン | 2011年8月13日 (土) 08時26分

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