将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年5月17日 (火)

マイナビ女子オープン(甲斐女王―上田二段)第3局で上田が勝って新女王に

上田が勝って新女王に

第4期マイナビ女子オープン5番勝負(甲斐智美女王―上田初美二段)第3局が5月10日に将棋会館で行われ、私が立会人を務めました。

写真は、対局開始時の光景(左が甲斐、右が上田、中央が田丸)。近年の女流タイトル戦では、和風姿の対局者をよく見かけます。本局の両者はともにクリーム色に花柄の着物で、甲斐は紺色の袴、上田は緑色の袴。女流棋士らしい華やかな身なりでした。私は紺色の着物に鶯色の袴で、地味な色調にしました。あでやかな女剣士の立ち合いを、白髪の古武士が見守るという絵柄です。甲斐の後方の床の間には「マイナビ女子オープン」と揮毫された特製の掛け軸がかかっていて、勝負の雰囲気を盛り上げていました。

甲斐(27歳)は昨年、初タイトルの「女王」と「女流王位」の二冠を獲得して、上昇気流に乗っています。上田(22歳)は2回目のタイトル挑戦です。下馬評はもちろん甲斐が優勢でした。しかし甲斐は第1局で勝ち将棋をトン死で逆転負けし、第2局も負けて角番に追い込まれました。上田が本局に勝てば、念願の初タイトルが実現します。こうして対照的な立場の両者ですが、いつもと変わらぬ落ち着いた対局態度でした。

当日は「女流棋士講習会」(女流棋士が棋士と指して鍛練する会)と女流棋士による大盤解説会が行われ、参加した女流棋士たちが折りを見て控室に来て、戦況を見守ったり継ぎ盤で研究しました。広瀬章人(王位)、郷田真隆(九段)、藤井猛(九段)、屋敷伸之(九段)、飯島栄治(七段)などの棋士も顔を出し、研究を眺めたり加わりました。男性の棋士と女流棋士が頭を寄せ合って何組も継ぎ盤で研究する光景は、なかなか微笑ましいものでした。冗談をやたらに飛ばす藤井の盤では、笑い声がよく起こりました。自分の対局のように真剣な表情の飯島の盤では、核心をつく解説ぶりに女流棋士が頷いていました。私は控室で研究や雑談にいっさい入らず、無言でじっと見守って立会人に徹しました。

戦型は第1局・第2局と同じく甲斐の中飛車で、両者は穴熊の堅陣に玉を囲いました。中盤のある局面では、甲斐が巧みにさばいて好調でした。控室の研究でも上田の苦しい形勢となりました。そのとき伊藤明日香(女流初段)が「こんな手はないわよね…」と、やや恥ずかしそうに言った手が、飛車に連絡するだけの1手パスに近い▲5六歩でした。その数分後に上田が▲5六歩を指すと、控室に驚きの声が上がりました。

局後の検討では▲5六歩について、上田は「ほかに手がなかった」、甲斐は「まったく読んでなかった」と語りました。結果的にそれが甲斐の疑問手を呼び、上田が優勢になりました。私は今週発売号の『週刊将棋』で、「▲5六歩は将棋の流れを変えた陰の好手だと思います」と感想を述べました。ちなみに控室でその手をただ1人予想した伊藤は、伊藤果(七段)門下で上田の姉弟子に当たりました。

上田は優勢になってからも冷静に指し、甲斐に粘りを与えませんでした。最後は即詰みに仕留めて勝ちました。3連勝で甲斐を破った上田は、初タイトル、三段昇段、賞金500万円と、3点セットの栄誉を得ました。そのほかに、ある「権利」も生じたのです。

今年4月に「公益社団法人」となった将棋連盟の新規約では、タイトルを獲得した女流棋士は連盟の正会員(棋士と同じ地位)になることができます。連盟会長の米長邦雄(永世棋聖)は終局後に上田を理事室に呼び、「10万円を連盟に払うか、連盟を退会しなさい」と話したそうです。もちろん米長一流のジョークで、正会員の年会費が10万円だと説明したのです。上田は連盟の正会員になる前者を受諾しました。

私が覚えている小学生時代の上田は、大きなメガネをかけて漫画の「アラレちゃん」みたいでした。あれから10年以上たち、人間も将棋もすっかり成長しました。新「女王」になった上田のさらなる活躍を大いに期待しています。

次回は、コメントへの返事。

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コメント

こんにちわ。第3局の立会人、お疲れ様でした。手元に週刊将棋5/18号があり、ついさっき並べ終えたところです。
確かに▲5六歩は考え付かないですね。それが『女王位獲得』となったのですから、将棋って難しいな、と思いました。
私は昔、倉敷藤花戦(清水市代―碓井涼子(現・千葉涼子)戦)を見に行ったことがありますが、その隣に、ちょこんと『アラレちゃん』、失礼、上田さん(当時小学生)がお父さんと一緒にいました。
『勉強しに来ました』とのことでしたが、ホント熱心な女の子だというのが印象的でした。
また、今シリーズは『高柳一門対決』。
孫弟子同士のタイトル戦はなかなかないのでは?
かつては名人戦で花田―木村戦に始まり、升田―大山(各タイトル戦)、米長―高橋(王位戦)、中原―田中寅(棋聖戦)、そして女流では蛸島―清水(レディースオープン)と、同門戦がありましたが、それもかなり前の話。時代の移ろいを感じるタイトル戦でもあるな、と思いました。
上田さんの今後の成長と、甲斐さんの巻き返しに期待します。

投稿: S.H | 2011年5月17日 (火) 16時08分

いつも楽しく読ませて頂いています。
やはり和服姿の対局は清々しく観ていても気持ち良いです。

今回のブログの内容とは少し違うのですが、BS放送で名人戦や竜王戦の放映をしている時に1つ気になる事があります。
記録係の人なのですが、テレビに映っている事を余りにも意識していない奨励会の方が居る様に思います。
A三段が特に観ていて前々からこの時間は放映があるというのを知らないのかなぁ?と思うくらいに態度が対局者と不釣り合いに思えてなりません。

こういう風に思っているのは僕だけかも知れませんが、周りの方々は注意はしないのでしょうか?
折角記録係の方もここ何年前から和服姿で居るのに、勿体無いと思います。

投稿: チャンク | 2011年5月17日 (火) 19時13分

いつも興味深いネタで楽しみにしております。
雑談に参加せず立会人を務めるところは、簡単なようで
難しいですよね。さすが田丸先生です。

さて…
前週の週間将棋に書いてありました、公益社団法人への
移行にともなった「新報酬体系」ですが、月額の固定給は
竜王戦は減ったと書かれていましたが、順位戦の分も減った
のでしょうか?

スポンサー料は前期と同額だとしても、賞金・対局料が上がり
固定給部分が下がると、勝ち続ける強豪棋士が前年度よりも
潤うような仕組みと思って良いのでしょうか?

よろしくお願いいたします。

投稿: よっしー | 2011年5月17日 (火) 23時31分

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