将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年4月26日 (火)

最強の「女流棋士」の里見香奈女流三冠が初の「女性棋士」をめざす背景

今や最強の女流棋士である里見香奈(女流三冠)が、棋士養成機関の「奨励会」の1級編入試験を受験するという話には、私もかなり驚きました。里見はその理由について、「奨励会に入って自分の棋力を磨き、自分がどこまでできるか挑戦したい」と語りました。

里見は女流棋戦のほかに、竜王戦・王座戦・棋聖戦などのプロ公式戦にも特別出場できます。そのプロ公式戦での対局は、3年間で15局ありました。成績は2勝(矢倉規広六段と牧野光則四段に勝利)13敗でしたが、内容的には大いに健闘していると思います。

私見では、里見が自分の棋力を磨く環境は現状でも十分だと思います。ただ里見はプロ公式戦で対局を重ねていくうちに、自分の実力不足を痛感したようです。より高いレベルに達するには、奨励会で修業するのが最適と考えたのでしょう。19歳という若さは、どんな難関にも立ち向かっていけそうです。私は、そんな里見の心意気を高く評価したいです。

里見が奨励会に入会して四段に昇段すれば、初の「女性棋士」が生まれます。しかしそれに至るまでの道程は、厳しい三段リーグが象徴するように、きわめて長く険しいものがあります。過去の例では7人の女性が奨励会で修業しましたが、最高位は1級でした。現在は3人の女性が奨励会に在籍しています(2級が2人、4級が1人)。

それから、ほかの男性奨励会員と、将棋連盟から女流棋界と奨励会の重籍を特例で認められた里見とでは、決定的な立場の違いがあります。前者は四段に昇段できなければ、奨励会を退会するしかありません。後者の里見は、女流トップ棋士としても活動して脚光を浴び、仮に奨励会を退会しても女流棋士は続けられます。将来の保証がなくて人生がかかった前者と、自分の棋力を磨きたいと純粋に思う後者の対局はどうなるのでしょうか…。

じつは、女性奨励会員が女流棋士を兼ねることは以前は認められました。女流棋界のレベルアップにつながり、人気も拡大する一定の成果がありました。その一方で、男性奨励会員に悪影響を及ぼす、奨励会の日程が女流棋戦の対局に左右される、などの弊害が生じました。ある年には、奨励会の最下級である6級の女性奨励会員が、プロ公式戦に特別出場して四段の棋士と対戦しました。本来ならば記録係を務める立場の者が対局席に座り、その女性奨励会員より先輩で上位者が記録係として「お茶」を出したのでした。

1998年(平成10年)の連盟総会では、前記のような問題を指摘する声が高まりました。そして投票の結果、女流棋界と奨励会の重籍を禁止することが決定しました(すでに重籍していた女流棋士は対象外)。つまり、里見の場合は特例の措置だったのです。

約15年前に放送されたNHKの連続テレビ小説『ふたりっ子』は、将棋界を舞台にしたドラマでした。ヒロインの「香子」は棋士をめざして奨励会に入会し、苦難の末に四段に昇段できました。しかし、それはドラマでの話です。現実には、女性棋士は今まで生まれていません。

このように将棋界は男社会ですが、「歌舞伎」みたいに女子禁制ではありません。女流棋界は男子禁制なので、いわば「宝塚」にあたります。なお、昔から数多くの女性棋士が生まれている囲碁界では、女流棋戦はありますが、女流棋士という概念はないそうです。

次回は、里見の奨励会受験に関するコメントについて。

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コメント

結論から言えば里見女流はタイトルを返上し女流棋戦を休んでから奨励会入りするべきだ。このまま奨励会員となれば「食えている奨励会員」が生まれることになり奨励会全体の空気が悪くなる。そもそもの論点は将棋に男女差があるかどうかである。こういう特例を作ると「女はバカだから優遇する」という背景が見えてくる。でもそうじゃないでしょう?この競技のどこに男女差があるの?どこかの学会で発表されたのですか?このへんに大いに疑問を感じてます。

投稿: ポチ | 2011年4月26日 (火) 23時53分

田丸先生はじめまして。いつも楽しく拝見しております。
将棋はルールとある程度定跡を知るとのめりこむほどの奥深さと楽しさを備えた優秀なゲームですが、敷居の高さから一般大衆に広く親しまれているわけではありません。娯楽の多様化と少子化もあり今後競技人口を増やすのは並大抵ではないでしょう。

しかし米長会長を先頭に将棋連盟の普及の取り組みは本当に素晴らしいと思います。特にインターネットを最大限に活用した中継などはライバルともいえる囲碁界に大きくリードしていると思います。

今回の里見女流の奨励会挑戦は将来が保障されない男性会員との不公平感など賛否ありますが、話題作りに長けた米長会長らしい判断で僕個人としては里見さんに限らず女流棋士すべての奨励会と女流戦の掛け持ちを完全解禁したほうが良いのではないかと思います。

将棋界のメインスポンサーの新聞各社の業績も低迷気味で常識に囚われない多様な営業努力は今後ますます大切でしょう。

スポンサーが減り将棋界そのものが成り立たなければ元も子もなくなりますし。

投稿: スナック小島 | 2011年4月27日 (水) 12時58分

私は里見さんのファンですが、今回のことは認めたくありません。前途ある、しかし必ずしも好成績でない男性奨励会員のことを思うと、涙が出そうになります。彼らのことが、国策の元で死んでゆく兵卒たちのように思えてなりません。特例措置なんかやめてほしかったです。今回のことが、真摯に将棋に取り組んでいる男性奨励会員の将来に影響しないことを何よりも願います。

投稿: shiromaru | 2011年4月27日 (水) 13時15分

里見さんが1000万近い収入を得て尚且つ奨励会で修業するという腰掛け状態が気に障るのは理解できなくもないですが、元々将来に保障のない世界で男性奨励会員との不公平感の話をされてもちょっと…という気はします。そこには、「≪自分より弱いのに≫ある程度の収入がある上奨励会で修業できる」という不満が見え隠れしますが、将棋という競技に男女差が≪現状は≫存在しており尚且つ里見さんが三冠を保持しているという状況から鑑みれば、特例はさもありなんというところでしょう。ちなみに、男女差うんぬんの話は、性質の違いであって優劣の差ではないのであしからず。

それに並行して行う女流棋戦についても、タイトル失冠したら意地でも休会するでしょう。それで十分。

投稿: 左文字 | 2011年4月27日 (水) 16時49分

男性奨励会員と里見とでは、立ち位置が違うのは当たり前でしょう。

片方は四段になるため奨励会に入会。片方は女流になりたくて女流なって、多少強くなったので奨励会で修行しよう。

こういう立ち位置を許してたので、結果、賛否両論となったのではないでしょうか?

ルール、規則というものには、原則があり、それに対して例外や特例があります。

特別優秀な人を特別扱いするのは、しかたのないところだと思いますが、やり方が間違っていたのではないでしょうか?

個人的には、里見は女流タイトルを三つ保持してますので、失冠するまで、保持している女流タイトル戦に参加でる。他の棋戦には参加できない。

ってところが落とし何処ろだったのではないでしょうか?


投稿: 二番隊隊長 | 2011年4月28日 (木) 01時15分

田丸先生、いつも興味深いお話を読ませて頂き有難うございます。

里見女流三冠の「特例による奨励会受験」と「特例による、奨励会と女流棋戦の重籍」ですが、いずれも私は肯定的に考えております。

1) 里見さんは、野球界における野茂投手に相当する存在と言えましょう。

大リーグに日本人選手が常に在籍する現在では想像もつきませんが、日本球界で新人の年から6年間で78勝46敗、パ・リーグの投手部門のタイトルを半分くらい取っていた野茂投手が、近鉄球団と激しくモメた結果大リーグに身を投じた時は、ロサンゼルス・ドジャースと「マイナー契約」を結んでいました。
これは、日本球界で言うと現在の「育成枠入団」、以前「テスト生入団」に該当するもので、大リーグは
「日本球界での実績はカウントしない」
という態度を示した訳です。

今回、里見さんは「連盟のルール通り、女流棋士会を休会して、奨励会に入りたい。受験は一般の人と同時、同条件で構わない」という意志を、連盟執行部に伝えたものと思われます。何かで「フリークラス編入試験、もしくは三段リーグ編入試験の受験も考慮したが、里見さんの希望によりこのようになった」と米長会長が発言していたように思いますが、「奨励会1級に入り、棋力をつけて上がって行きたい」という里見さんの考えはもっともでしょう。

今回、「特例での重籍」を認めることになったのは、「里見さんが、奨励会在籍中は女流棋戦から消えてしまうのでは、女流棋戦が成り立たなくなる、平たく言うと、スポンサー企業の了解を得られない」という、「連盟の側の理由」と思います。これはもっともでしょう。里見さんが出場しないのでは、女流棋戦を見る楽しみが大幅に減ってしまうと言うのはまぎれもない事実です。

男子奨励会員が、「里見女流だけ、仕事をしながら奨励会で修業できるのは不公平だ」と考えるのは分からないではありませんが、奨励会員の将棋にお金を出すのが、現時点では新人王戦を主催する「赤旗」しかないのですから仕方ありません。「男子奨励会員の将棋はカネにならない」のです。下世話な話になりますが、「男性の裸がカネにならない」のと似たような話です。

一方、現在、三人いるという女子奨励会員 (今回、里見さんの入会試験で対戦相手になる) が、「里見さんは女流棋戦に出られて、私たちが出られないのは不公平だ」と考えているのかどうかは知りませんが、有り得るでしょう。

今回の件を機に、奨励会入会後の里見さんの成績も見ながら、
「女子奨励会員が、本人が希望すれば、適当な方法で女流棋戦に参加する (女流棋士と重籍する) ことを認める。ただし、奨励会初段以上であることが条件」
等としてはどうかと思います。

女性奨励会員は、「女流棋士になる道ではなく、奨励会に入る道を選択した人たち」ですが、
『奨励会の中で里見さんと同程度の力を身につけた』
のであれば、本人の希望次第で、重籍で女流棋戦に参加し、収入を得ながら奨励会を続けることが、里見さんと同様に認められてしかるべきでしょう。

今回の里見さんの特例入会試験で、里見さんが全敗するとは思えませんので、里見さんは奨励会に入るでしょう。仮に里見さんが一級や初段で停滞してしまう、ということになれば
「女流棋界では無敵でも、しょせんは井の中の蛙」
と見られてしまうことになる訳で、今回の特例措置は連盟にとってもリスクがあることです。

月に2回の奨励会対局と、6つの女流棋戦の対局で里見さんが過労になってしまわないか心配なのですが、里見さんの果敢な挑戦を応援したいです。

なお、里見さんが、連盟の正会員 (女流四段以上、及びタイトル経験者の両方の資格を満たす) でありながら、奨励会で修業するのは如何か?という意見が、例えば橋本崇載七段から表明されています。私は、里見さんが連盟正会員であるのは、女流棋界で顕著な成績を挙げたことによるものであり、それが奨励会に入る妨げになるとは思いません。

投稿: オヤジ | 2011年4月28日 (木) 17時12分

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