将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年4月19日 (火)

順位戦のシステム、米長の著書、ファクシミリの利用などのコメントへの返事

「順位戦で頭ハネ(同成績の場合は順位上位者を優先)の原則は素晴らしいことです。これがあるから、消化試合が発生しにくくなっています。順位戦のシステムでは、ほかにどんなルールがあるのでしょうか」という内容のコメント(2月21日)は《三河》さん。

順位戦での対戦相手・順番・先後などは、公正な抽選によって決められます。その方法は、以前は「札」を用いた手作業でした。現代はコンピューターで処理されます。ただ種々の条件をインプットするので、立ち会った関係者が札を引いて決めて微調整します。

その種々の条件の中で、とくに重視されるのが師弟、兄弟弟子、肉親同士の関係の対戦です。総当たり制のA級・B級1組では、初戦と最終3戦には当たりません。抽選で対戦相手が決まるB級2組以下では、対戦そのものがありません。前記のような深い関係の棋士同士が対戦したからといって、別に情実めいたことが生じるわけではありません。しかし昇降級に関わる終盤で対戦した場合、当事者も第三者も何となく味が悪いものです。

ほかには次のようなルールがあります。初戦と2戦目、最終戦とその直前の対局は、先手・後手を1回ずつとする。前期最終戦と今期初戦は、同一カードにしない。同一リーグに3期連続で参加した場合、過去2期に対戦がない場合は3期目に当たり、過去2期に連続で対戦した場合は3期目に当たらない(B級2組とC級1組)。前期に対戦した場合は今期に当たらない(C級2組)。いずれも、抽選による偶然の不公平をなくすためです。

昔は師弟、兄弟弟子、肉親同士の関係でも、順位戦で対戦したり、順位戦の最終戦で当たることがありました。

私は五段・C級1組時代の1978年(昭和53年)、師匠の佐瀬勇次(名誉九段)と順位戦で対戦しました。師匠も私も指しにくい気分でしたが、対局に没頭するうちにそれはお互いに忘れ、終局が深夜の12時すぎとなる大熱戦を繰り広げました(結果は田丸勝ち)。

1970年(昭和45年)のB級1組順位戦の最終戦では、高柳一門の兄弟弟子の芹沢博文(九段)と中原誠(十六世名人)が対戦しました。その一戦は勝者がA級に昇級する可能性がありました(4月11日のブログを参照)。しかし一方が昇降級に関係ない立場だったとしたら、当事者も第三者も味が悪かったと思います。

「米長邦雄(永世棋聖)の『人間における勝負の研究』を読み、勝負の世界の厳しさを痛感しました」というコメント(4月9日)は《てんなん》さん。

「相手にとって重要な対局こそ全力で戦え」という「米長哲学」について、私は3回連続でブログのテーマとしました。その記事は、主に前記の米長の著書から引用したものです。米長の独自の勝負哲学や面白いエピソードがふんだんに盛り込まれた名著で、1982年(昭和57年)に祥伝社から刊行されてかなり売れたそうです。

「将棋連盟がファクシミリを利用するようになったのはいつごろですか」というコメント(4月11日)は《オヤジ》さん。

ファクシミリは1880年代にドイツで発明され、日本には戦前の1920年代に入ってきたそうです。一般社会で実用化されたのは1980年代半ばで、連盟もそのころから利用していると思います。遠隔地にいても、瞬時に棋譜用紙を送受信できるのはとても便利です。ただ41年前の芹沢―中原戦のように、大阪の対局結果の確認手段が電話しかなく、東京の中原がA級昇級をすぐ実感できなかったエピソードは時代的な情緒を感じますね(4月11日のブログを参照)。

次回は、奨励会入会から初の「棋士」をめざす里見香奈女流三冠。

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