将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2011年3月18日 (金)

大震災と停電で慌ただしかった王将戦(久保王将―豊島六段)第6局で久保が勝って王将初防衛

王将戦第6局で久保が初防衛

「東北関東大震災」が勃発して世の中が騒然とし始めた今週の3月14・15日。王将戦(久保利明王将―豊島将之六段)第6局が神奈川県秦野市・鶴巻温泉「陣屋」で行われ、私は飯野健二七段とともに立会人を務めました。第5局は先週の8日・9日で、豊島が勝って2勝3敗と挽回したことで第6局が実現しました。ほかの対局日程の関係によって、第5局との間隔は移動日を含めてわずか4日でした。さらに11日には大震災が起きました。対局者も関係者も、大変な事態で第6局を迎えたのでした。

じつは主催紙のスポーツニッポン新聞社・毎日新聞社と将棋連盟の間で、水面下の話し合いが行われたそうです。大震災によって甚大な被害が生じ、スポーツ・文化関連の行事が中止や延期になっている状況において、王将戦第6局を行ってよいものかと危惧したのです。ただ大震災から対局までの日数が少ないうえに、通信事情が悪化して関係者同士で連絡が取りにくく、結論がはっきり出ていませんでした。

対局前日の13日。対局者、立会人、関係者らが無事に対局場に到着しました。夕方5時には対局室で「検分」をして、明日以降の対局に備えました。しかしその時点でも対局を行うかどうか、関係者同士で話し合いがされていたのです。意見を求められた私は「こんなご時世に対局をするのか、という批判にはあえて甘んじ、将棋ファンに真剣勝負を見てもらいましょう」と、対局を行ってほしいと希望しました。そして夜の8時ころ、主催紙の責任者が「いろいろな意見が出ましたが、対局を粛々と行ってもらうことになりました」と語り、対局を行うことが正式に決まったのです。

対局開始前、大震災の被害者に哀悼の意を表し、全員で黙祷を捧げました。上の写真は、1日目の午前中の対局光景(右が久保、左が豊島)。窓から陽がたっぷりと射し込み、室内の照明も明るいです。しかし思わぬ難題が生じました。

対局場の秦野市は東京電力が実施する「計画停電」の対象地域になっていて、対局中の停電が心配されたのです。午前と午後は何とかできる明るさですが、陽が傾く夕方以降は真っ暗になります。そこで対局場の旅館が発電機を手配してくれ、盤の近くに3台の電灯を置きました。1日目は停電にならず、対局者が「封じ手」をした後の6時すぎに、試しに照明を落として発電機で電灯を点けてみました。その様子は、まるで「闇試合」をするようでした…。

こうして慌ただしい状況でしたが、幸いにも2日目も停電になりませんでした。対局は通常どおりに行われ、私は立会人としてとても安堵しました。

将棋の内容は大熱戦でした。久保の十八番の三間飛車に対して、豊島は新工夫の指し方で押し気味に進めました。しかし久保は粘り強く指して守り、機を見て反撃して次第に優位に立ちました。そして最後は鮮やかな詰み手順で勝ちました。久保の将棋は「さばきのアーティスト」と称されますが、今では「粘りのアーティスト」ともいえます。感想戦で自信の一手を、「耐久性がある」と語ったのが印象的でした。

この第6局に勝って王将を初防衛した久保は「自分らしい将棋を指すことを心がけました」と語りました。羽生善治(名人)から王将を奪取した前期王将戦第6局も、本局と同じ対局場でした。20歳の若さでタイトル戦に初登場した豊島は「タイトル戦を戦うのは楽しかったです。また出たいです」と語りました。

次回は、59年前に「陣屋」旅館で起きた前代未聞の「対局拒否」事件について。

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