フリークラスから順位戦・C級2組への昇級はかなり高いハードル
順位戦に参加しない棋士はフリークラスに所属します。それには次の3パターンがあります。①順位戦に在籍時に自身の意思でフリークラスに「転出」。②順位戦・C級2組からフリークラスに「降級」。③奨励会三段リーグで次点を2回獲得し、フリークラスに所属を「選択」して四段昇段。現時点で、①は田丸ら18人、②は17人、③は2人(そのうち吉田正和四段は規定の成績を収めて新年度から順位戦・C級2組に参加決定)います。
①では、転出時における順位戦のクラス・年齢によって引退年齢が決まります(田丸の場合は65歳)。順位戦に復帰はできません。②では、規定の成績を収めれば順位戦・C級2組に昇級できます。降級後10年、または60歳で引退。③では、規定の成績を収めれば順位戦・C級2組に昇級できます。10年以内に昇級できないと引退。なお②と③の棋士が引退となった場合、各棋戦のランクや実績によって現役延長の可能性があります。
②と③のフリークラス棋士が順位戦・C級2組に昇級するには、次の規定のうちのひとつを満たすことです。A「年度(4月~翌年3月)の通算成績が所定の条件で6割以上の勝率」。B「直近の30局以上の対局で6割5分以上の勝率」。C「年度の対局が所定の局数(一例が30局)に達する」。D「全棋士参加の棋戦で優勝、タイトル戦挑戦」。
この昇級規定はかなり高いハードルだと思います。普通に勝ったり負けたりでは届きません。2009年度のC級1組(31人)・C級2組(44人)の棋士の成績でAの規定に当てはめてみると、C級1組は広瀬章人(王位)、戸辺誠(六段)など6人、C級2組は豊島将之(六段)、糸谷哲郎(五段)など11人が該当しました。その人数比率は伸び盛りの若手棋士が多い両組でも2割程度でした。ましてや成績不振でC級2組から降級した②のフリークラス棋士にとっては、さらに厳しいです。
実際にこの規定が20年以上前に制定されて以来、フリークラスから昇級できた棋士は伊奈祐介(六段)、伊藤博文(六段)、瀬川晶司(四段)、吉田のわずか4人だけです。このうち②の唯一の昇級例が伊藤でした。③の伊奈と吉田は四段昇段時の年齢が若く(ともに22歳)、フリークラスの中では上昇志向の存在でした。特例のプロ編入試験で合格して棋士になった瀬川も、年齢はともかくとして上昇志向の存在といえました。
その伊奈、瀬川、吉田がフリークラスに所属した1年目の年度(10月に四段昇段の場合は翌年の年度)の成績を、同期のほかの新四段(4人)の成績と比較してみました。伊奈は1998年度に9勝10敗で、ほかの新四段のうち2人は6割台の勝率でした。瀬川は2006年度に14勝10敗で、ほかの新四段のうち2人は7割台、6割台の勝率でした。吉田は09年度に13勝11敗で、ほかの新四段のうち1人は6割台の勝率でした。07年に③のケースでフリークラスに所属した伊藤真吾(四段)は07年度に11勝10敗で、ほかの新四段のうち3人は7割台、6割台の勝率でした。
難関の三段リーグにおいて、1位・2位の四段昇段者と、3位の次点2回による四段昇段者の実力がそれほど違うとは思えません。しかし1年目の成績を比較してみると、前者の新四段たちが明らかに上回っていました。後者の新四段には「10年以内に昇級しないと引退」というプレッシャーが知らずうちに重くのしかかり、それが対局にも影響しているのでしょうか…。
次回は、奨励会での四段昇段制度の変遷。
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コメント
制度は時代によって変わっていいものだと思います。フリークラス制度にはまだ、改良の余地があると思います。例えば、順位戦への復帰(参加)条件はもう少し易しくしてもいいと思います。宣言者にも、上記の人達よりも厳しい条件で復帰を認めてもいいと思います。その一方、フリークラスへの陥落条件も一層厳しくしてもいいのかなと思いました。C2の棋士の数が多過ぎます。フリークラスに変わりC3を作るのも一つの案だと思います。棋士の方々はそのあたり、どう考えておられるのでしょうか?今の制度に固執せず、その時々に最適のあり方を考えていくべきではないでしょうか?
投稿: ケイ | 2011年2月 4日 (金) 00時06分