羽生報道、ブログ写真、指導対局のコメントへの返事
「羽生名人の報道は、この大事な時期に無神経なと、不快な思いをしましたが、田丸八段の文章でほっとしました」というコメント(11月16日)は《イトウ》さん。「羽生名人は裕福だし、お子さんのために横浜のスケート場の近くにマンションを手配するくらいは普通にあるだろう」という内容のコメント(11月16日)は《オヤジ》さん。
11月上旬にある女性週刊誌が羽生夫妻の別居問題を報じ、後追いの記事がほかにも出ました。おしどり夫妻で知られていたので、私はとても驚きました。そういえば今年7月の羽生名人就位式では、いつも同席する羽生夫人と娘さんの姿を見かけませんでした。しかし、どの家庭にも様々な事情があるものです。スケート選手をめざしている娘さんのためにマンションを手配したことは、外国語を修得したい子どもを海外に留学させるのと、それほど違いはないと思います。《オヤジ》さんが言うように、普通にある話です。
私は11月12日の将棋連盟・臨時総会で羽生と隣同士になったとき、娘さんのスケートに関する話をたまたま耳にしました。その話を11月16日のブログに書いたところ、《イトウ》さんたちから安堵したというコメントが寄せられました。竜王戦の最中だっただけに、とても心配していたんですね。その竜王戦(渡辺明竜王―羽生善治名人)は、第5局を終えて渡辺の3勝2敗。今回も最終局までもつれ込むと思います。
「11月30日のブログの写真で、中央の人はどなたでしょう? たぶん奨励会時代のお仲間かと思いますが…」という内容のコメント(12月1日)は《K島》さん。
その写真の中央の人は、井口健次郎1級。芹沢博文九段の弟子で、1966年当時は19歳でした。後輩に対して威張る先輩が多かった中で、とても優しい人でした。会社に勤めながら奨励会に所属していて、1級で長く低迷した末に、翌年に奨励会を退会しました。
《K島》さんは、私のテニス友達です。ショットの威力は強くありませんが、ドロップショット(ボールを短く打って落とす)とロブ(ボールを空中に高く上げる)の技術が絶妙で、草テニスの大会でも活躍しています。1年前に大手出版社を50代半ばで早期退職したそうです。今の社会状況では、同じような立場の人は多いことでしょう。私は来年、棋士生活が40年目になります。公式戦の成績はまったく不振ですが、ひとつの仕事を60代までずっと続けてこれたのは幸せだったと思っています。
「田丸八段に将棋を教わった『頭金クラブ』の遠藤です。最近は将棋を指す機会がめっきり減りましたが、大事に保存している指導対局(2枚落ち・飛香落ち・飛車落ち)の棋譜を時々は並べて楽しんでいます」というコメント(11月20日)は《ギタリスト》さん。
遠藤さんはクラシックギターの奏者・指導者です。『頭金クラブ』の由来は「頭金を指されるまで負けに気がつかない程度のレベル」だそうですが、決してそんなことはありません。メンバーたちは月1回の指導対局で真剣に指し、それとともに棋力が上がっていきました。中でも遠藤さんは最も打ち込んでいました。勝てば次の手合いに昇格できるとき、羽織袴の姿で臨んだこともありました。今でも約35年も前の指導対局の棋譜を並べるそうですが、20代の若手棋士だった私は手を抜かずに厳しく指したものでした。
次回は、現役で亡くなった棋士の「絶局」について。
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