将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年7月16日 (金)

似て非なる将棋連盟と相撲協会の比較について

似て非なる将棋連盟と相撲協会

将棋と相撲は日本の伝統的文化で、勝負の形式や名称、用語が似ています。棋界と角界、棋士と力士、四角い盤面と丸い土俵、順位戦と番付、指し手と差し手、待ったなし、寄せと寄り切り、などです。

戦前の棋界と角界は、無敵の木村義雄(十四世名人)と69連勝した横綱・双葉山が不敗勝負師の双璧でした。木村は絶頂期、取り巻きと一緒によく相撲観戦したそうです。将棋と相撲は1対1の男の勝負なので、昔から相撲好きの棋士が多く、将棋好きの力士もいました。昭和中期には強さと人気の象徴として「巨人・大鵬(元横綱)・卵焼き」という言葉が生まれましたが、その中に大山(康晴十五世名人)もぜひ入れてほしかったです。

将棋と相撲の総本山は、日本将棋連盟と日本相撲協会。その設立時期は、連盟が1924年(大正13年)、協会が1925年とほぼ同じです。連盟は社団法人、協会は財団法人と、どちらも公益法人になっています。運営形態が「純血主義」なのも同じで、連盟は棋士が運営し、協会は力士出身の親方が運営しています。

何かと共通点が多い将棋界と相撲界ですが、制度や実状をつぶさに見ると相違点がいろいろとあります。連盟は現役棋士でも理事になって運営に携われますが、協会は現役を退いた親方たちが運営しています。将棋では師弟や兄弟弟子の関係でも対戦しますが、相撲では同門同士の取組はありません。将棋の順位戦では6勝4敗の勝ち越しを毎年続けても昇級できませんが、相撲の本場所では8勝7敗の勝ち越しを続ければ番付の地位は確実に上がっていきます。

このように将棋連盟と相撲協会は、似て非なる団体のように思われます。決定的に違うのは財政面です。建設費150億円という両国国技館を無借金で完成させた協会は、年間収入や剰余金で連盟をはるかに上回っています。

私は少年時代から相撲が好きで、約50年前は三代・朝潮(元横綱)のファンでした。当時は、内掛けの琴が浜、四つ身の出羽錦、上手投げの潮錦、足取りの若葉山、食い下がりの「潜航艇」岩風、つり出しの明武谷など、各力士が得意技を持っていて個性的でした。初代・若乃花(元横綱)は、腕力ではなく下半身の力で投げつける「呼び戻し」という不思議な必殺技でよく勝ちました。

近年の力士には、体格が大きいだけで魅力をあまり感じていません。引き技、落とし技で決まることが多いのも興醒めです。かつての舞の海、寺尾のように、小兵でも個性的な鋭い技を繰り出す力士に活躍してほしいですね。

写真は、4年前の初場所の光景で、後ろ姿は琴欧州(大関)。じつは、私の友人が東京場所の維持会員で、「砂かぶり」といわれる席をたまに譲ってくれます。西土俵側の2列目で、西方の力士が塩を取りにくるときにテレビに少し映ります。目の前で繰り広げられる相撲は、とても迫力があります。

次回は、福島・裏磐梯への旅行。

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