将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年4月 1日 (木)

前年度最終戦の中村太地四段との竜王戦

3月30日に竜王戦で中村太地四段と対局しました。前年度の最終戦でした。じつは2年前にも竜王戦で対戦し、その将棋は私が大いに優勢となったのですが、寄せを誤って逆転負けを喫しました。本局では雪辱を期して臨みました。

矢倉模様の戦型で後手番の私が先に動くと、それをとがめられて作戦負けとなりました。その後も飛車角を押さえ込まれて苦しい形勢でしたが、銀を捨てる勝負手を放って強引に飛車を取り、終盤では手応えを感じました。しかし中村四段の冷静な受けの応手と絶妙な寄せによって、どうしても一手負けでした。

中村四段は21歳の若手棋士。早稲田大学・政経学部4年生という別の顔もあります。米長邦雄永世棋聖門下なので、私からは甥弟子の関係です。長身の礼儀正しい好青年で、ジャニーズ事務所の岡田准一(V6メンバー)に似た端正な顔立ちです。もっと活躍すれば、「イケメン棋士」としてメディアからも注目されるでしょう。

私が中村に勝ってさらに1勝すると、櫛田陽一六段と対戦する可能性がありました。櫛田は私の弟子です。師弟対局を実現して、お互いに5組昇級と決勝トーナメント出場をめざしたいものだと、半月前に当人同士で話していたのですが、残念ながら絵に描いた餅となりました。

「自分は田丸八段、櫛田六段の大ファンです。今期の銀河戦で田丸―櫛田戦の対局が特に印象的でした」という内容のコメントは『マサヤ』さん。師弟そろって応援していただき、ありがとうございます。

銀河戦の対局では、櫛田の四間飛車に対して、私が古典定跡で急戦した戦型となり、少し有利な戦いと思っていました。しかし中盤でミスを連発し、終盤で追い込んだものの、私の一手負けとなりました。

櫛田は1988年に全日本プロトーナメント(朝日オープンの前身棋戦)決勝3番勝負で谷川浩司王位と対戦して準優勝、90年にNHK杯戦で島朗前竜王に勝って優勝するなど、大きな実績を残しています。若手棋士のころは「大物食い」で名を馳せました。

少年時代の櫛田には「グッシー」という異名があり、アマ棋界で大活躍して風雲児のような存在でした。当時はプロになる気はなく、真剣師としても有名だったあの小池重明(元アマ名人)を尊敬していました。その櫛田に奨励会入りを強く勧めたのが私で、そんな縁で師弟関係が結ばれました。1983年のことで、櫛田が18歳のときでした。詳しい話については、次回にします。

次回は、わが弟子・櫛田陽一六段のこと。

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