将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年3月11日 (木)

最後の「引退対局」が注目される有吉道夫九段と大内延介九段

将棋界は、役所・会社・学校などと同様に3月が年度末です。新年度の4月には新四段の棋士がデビューし、一方で引退する棋士もいます。現在のところ、C級2組順位戦で降級した有吉道夫九段と大内延介九段の引退が決定しています。

有吉九段は勤続55年、タイトル獲得1期(棋聖)、A級在籍21期、通算1086勝。大内九段は勤続47年、タイトル獲得1期(棋王)、A級在籍6期、通算886勝。ちなみに1000勝達成は通算8人だけで、有吉の1000敗は加藤一二三九段の1047敗に次いで2位。※記録はいずれも3月10日時点。

これらの数字が示すように、有吉と大内は輝かしい棋歴を残しています。私がとくに印象深いのは、両者が名人戦の挑戦者になって3勝2敗と勝ち越し、名人獲得まであと1勝と迫ったことでした。

1969年の大山康晴名人―有吉八段戦は、名人戦初の「師弟対決」と「フルセットの第7局」が実現して盛り上がりました。有吉は大山を角番に追い詰めたとき、「何かとまどいを感じました」と後に語りましたが、師匠を心から尊敬していたのでその心境はよくわかります。結果は、大山の逆転防衛となりました。

1975年の中原誠名人―大内八段戦は、「中原自然流」と「大内怒涛流」の対決としてメディアにも注目されました。中原が大内の得意戦法の穴熊を破って角番をしのいで迎えた第7局は、将棋史に残る死闘でした。当時五段の私はその対局の記録係を務めました。大内は中盤で早くも優勢となりますが、名人位のプレッシャーによって形勢は次第にもつれ、終盤で勝ち筋を逃すと「あっ、しまった!」と口走りました。私はその光景を今でも鮮明に覚えています。結果は持将棋となり、第8局は中原が勝って防衛しました。

会社員が退職した場合、自分が担当した仕事が中途でも、また出社して片付けることはないでしょう。しかし棋士の場合、それがあるのです。年度末で引退というのは、新年度に始まる棋戦に出場できないことで、旧年度の棋戦は対局できます。

有吉は竜王戦、棋王戦、NHK杯戦の対局が残っています。NHK杯戦の予選で浦野真彦七段、安用寺孝功六段、阪口悟五段を3連破、本戦出場を果たしたのは見事でした。これらの対局をすべて負けた時点で、正式に引退となります。もし勝ち続けたら、NHK杯戦で優勝(有吉は1981年に優勝)し、棋王戦でタイトルを獲得します。引退が決定している棋士がそんな大活躍をした前例はもちろんありませんが、可能性は残っています。

大内は竜王戦の対局が残っています。負ければ引退となり、勝ち続けたら4組に昇級して有終の美を飾ります。

「解雇通告」とか「戦力外通告」という言葉は、当事者として心が傷つきます。それに比べると、最後の対局で燃え尽きて引退というのは、いかにも勝負の世界らしく本人も納得できます。有吉と大内の最後の「引退対局」がいつになるのか注目しましょう。

次回は、2月の直木賞受賞式の模様。

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コメント

有吉九段と大内九段の現在の状況を淡々と書いていらっしゃいますが、心がほのぼのとしてくるのは私だけでしょうか。
決して押しつけがましくなく、読む人の心に自然な形で入ってきます。
私たちが毎日接しているニュースや紙面も、このように伝えていただけたらいいなと思います。

投稿: 穂高 | 2010年3月11日 (木) 10時01分

もうどのくらい前になるでしょうか。NHK杯の大内-田丸戦で,大内九段が棒銀から意表の角出。田丸先生が長考に沈んだ一局は印象に残っています。

投稿: spinoza05 | 2010年3月11日 (木) 14時17分

> もし勝ち続けたら、NHK杯戦で優勝し、棋王戦でタイトルを獲得します。
有吉九段と大内九段の現在の立場は、現在はフリークラスなんでしょうか?
となると、全棋士参加棋戦優勝かタイトル挑戦ならフリークラスからC2復帰ということもあるんでしょうか。

投稿: popoo | 2010年3月12日 (金) 12時32分

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