将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年3月 8日 (月)

名人戦の挑戦者になった三浦弘行八段の独自の研究法と意外な一面

A級順位戦で三浦弘行八段が優勝し、名人戦の挑戦者に初めてなりました。4月から始まる名人戦7番勝負で羽生善治名人と戦います。

三浦八段はやや地味な棋士ですが、A級に9年連続で在籍している実力者です。羽生が前人未到の七冠を制覇して無敵だった1996年には、棋聖戦で羽生に挑戦して破りました。その結果、羽生の七冠の期間は5カ月半で終わりました。

現代棋士の主な研究法は、数人が集まって行う実戦主体の研究会、1対1で指して鍛え合う「VS」、将棋会館での対局の検討などです。さらにパソコンの棋譜検索で、新情報や類似局を調べます。研究仲間を作る、会館に通う、パソコン検索が必須のアイテムなのです。

しかし、三浦はそんな時流に背を向けています。対局で東京に出かける以外の日々は、地元の群馬・高崎の自宅にこもって1日10時間も盤に向かい、独自の研究法で腕を磨いています。ある棋士に「独善にならないの?」と聞かれると、「1人で研究するほうが性に合っています。仮に1人で3年間研究して、3年ぶりに対局すれば初めは負けるでしょうが、強くはなっていると思います」と答えたそうです。

三浦は奨励会時代、伊藤看寿の詰将棋集『将棋図巧』を1年間で全題解きました。この詰将棋集には難解な作品が100題も載っていて、全題正解はかなり深い読みと根気がなくてはとてもできません。私も10代のころに挑みましたが、長編の1題目で挫折しました。

まさに「孤高の棋士」といえる三浦には、独自の剣法を編み出した宮本武蔵になぞらえ、「ムサシ」という異名が付いています。ちなみに愛読書は歴史小説で、好きな戦国武将は大谷吉継とのこと。大谷は関ヶ原の合戦では、豊臣の恩顧に報じて西軍の石田三成に就き、負け戦の中で討ち死しました。三浦は大谷のそんな義理堅さに引かれるそうです。

三浦は先日のA級順位戦最終戦で、相手の棋士が初手を考えていると、さっと席を外しました。普通は対局開始から短くとも30分は座っているものです。しかしあまり気にしていないようで、対局中の仕草はマイペースという感じです。また、いろいろな種類の飲み物を持ち込んで脇に並べます。

昨年のブログ「加藤一二三九段の意外なエピソード」(11月5日)で、暑がりの加藤と寒がりの若手棋士が1手指すごとに席を立ち、対局室のエアコン設定温度を上げたり下げたりした、という滑稽な話を紹介しました。その若手棋士が四段時代の三浦でした。三浦はより良い環境で対局に打ち込みたかったのでしょう。三浦らしいエピソードでした。

このように将棋一筋の人生を送ってきた三浦でしたが、30代半ばになって心境の変化が少しあったようです。何でも最近は「婚活」に励んでいるとか…。

次回は、有吉九段と大内九段の引退について。

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コメント

 三寒四温の頃、皆様お元気でお過ごしですか?
 三浦八段は現在のA級で一番期待できる挑戦者ではないでしょうか。
 よかったら、田丸先生の修行時代の勉強法も教えてください。

投稿: 五平餅 | 2010年3月10日 (水) 23時29分

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