将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年3月 4日 (木)

今年の「将棋界の一番長い日」のA級順位戦最終戦

3月2日にA級順位戦の最終戦が行われました。東京・将棋会館の対局室にはカメラが設置され、NHK衛星放送が全5局の戦いを終局まで生放送しました。私は23時から午前2時までの夜の部の放送を最後まで見ました。

A級順位戦最終戦では、名人戦の挑戦者争いが焦点ですが、通の将棋ファンは残留争いに注目します。一流棋士の証といえるA級(10人)の地位をめぐって、過去に様々な盤上ドラマと泣き笑いがあり、いつしか「将棋界の一番長い日」と呼ばれるようになったのです。現在はテレビ放送・ネット中継でリアルタイム観戦ができますが、以前は将棋会館の大盤解説会が主な情報源で、数百人ものファンが駆けつけて熱気が充満しました。

A級から落ちたら引退すると公言していた大山康晴十五世名人が降級の危機に陥った1990年の最終戦では、異様な雰囲気が漂っていました。その大山が勝って残留の結果が大盤解説会場に伝わると、拍手が巻き起こって落涙する人もいたほどでした。

今年は名人2期の実績がある佐藤康光九段が、まさかの絶不調で降級がすでに決定しました。もう1人の該当者は、井上慶太八段が負ければ落ち、井上が勝って藤井猛九段が負けると藤井が落ちます。ちなみに名人経験者でA級降級の例は、塚田正夫名誉十段、中原誠十六世名人、加藤一二三九段、米長邦雄永世棋聖。塚田と加藤は、翌年にA級に復帰しました。米長はフリークラス転出、中原は2年後にフリークラス転出しました。佐藤には、塚田・加藤のような復帰昇級に期待しましょう。

名人戦の挑戦者争いは、単独トップの三浦弘行八段が勝てば決定します。三浦が負けると、谷川浩司九段、丸山忠久九段、高橋道雄九段らにプレーオフのチャンスが生じます。

それにしても10人のA級棋士のうち、半数の5人が佐瀬(勇次名誉九段)一門なのには驚きます。高橋、丸山、木村一基八段は佐瀬の弟子で、藤井、三浦は佐瀬の孫弟子です。1992年のA級も、米長、高橋、私こと田丸が佐瀬一門でした。84年は、藤内(金吾八段)一門の谷川が名人、内藤国雄九段、森安秀光九段、淡路仁茂九段がA級棋士でした。

午前10時に始まった対局は、日付が変わっても大熱戦が繰り広げられました。そして、井上が木村に負けてA級降級が決定しました。井上は3勝1敗から5連敗し、A級順位戦のレベルの高さと怖さを実感する結果となりました。井上は感想戦で笑みを浮かべていましたが、敗者ほど明るく振る舞うものです。

郷田真隆九段と三浦の対局は最終盤まで優劣不明の形勢で、午前1時過ぎにようやく決着しました。三浦がきわどく勝ち、羽生善治名人への挑戦権を獲得しました。終局直後に取材陣がどっと入ってくると、三浦は席をちょっと外しました。1分将棋の秒読みが続いてトイレに行けなかったからでしょう。勝利の談話を淡々と語った三浦の表情には笑みがありませんでした。先の井上とは逆に、勝者ほど表情が厳しくなるものです。

次回は、「孤高の棋士」三浦八段について。

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