将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年2月 1日 (月)

大山康晴十五世名人との棋王戦挑戦者決定戦の対局

20年前の1990年1月。私は年明け早々から将棋連盟の出版担当理事として、「羽生新竜王」増刊号の出版に向けて追い込みにかかっていました。そんな時期に棋王戦で米長邦雄九段(8日)、羽生善治竜王(19日)との対局に何と連勝し、挑戦者決定戦に進出したのです。そして1月29日、南芳一棋王への挑戦権をかけて大山康晴十五世名人と対局しました。

正直なところ、棋士としての状況が一変しそうなことに戸惑いを感じました。タイトル戦の対局の様子と雰囲気は、立会人を務めた経験からおよそわかっていましたが、対局者として自分がその場にいることがまったく想像できなかったのです。むしろ当時の心境は、3勝6敗で降級の危機に陥っていたB級1組順位戦の成績のほうが気掛かりでした。

私は公式戦で大山とそれまで10局ほど対戦し、何局か勝ちました。しかし本気モードとは思えない対局もあり、大山に本当に勝ったとは思っていませんでした。しかし、この一戦だけは違います。大山と盤を挟んで対座したとき、無言の圧力をひしひしと感じました。時に大山は66歳、田丸は39歳でした。

仲間内の多くは、タイトル戦で数多くの勲章がある大山よりも、タイトル戦未経験の田丸に勝たせてあげたい、と思っていたようです。しかし対局開始から1時間後、私は早くも苦しい形勢となりました。

将棋は田丸の先手で、▲7六歩△3四歩▲4八銀△8四歩▲5六歩△8五歩▲5五歩△8六歩▲同歩△同飛▲7八金と進みました。3手目の▲4八銀は私がよく指した手で、不定形の戦型に誘う狙い。大山はそれに対して、いつもの振り飛車ではなく居飛車を選びました。私は近年、相居飛車での「5筋位取り」作戦をよく用います。大山戦では成り行きでその戦型になりました。とにかく、自分の土俵に大山を誘い込むことができました。

ところが、私は序盤の局面で見落としをして、26手目で早くも桂損となりました。その後は苦しい戦いがずっと続きました。いちど優位に立つと、絶対に隙を見せないのが大山の強さです。形勢挽回はまったくできませんでした。途中から観戦記者の方は、対局室にほとんどいませんでした。後日談によると、「田丸さんの深刻な表情を見るのがつらくなった」からだそうです。

対局は夕方の5時前に早々と終わり、大山の圧勝でした。私は手も足も出ない内容でした。こうして大山は最年長記録の66歳で、タイトル戦への登場を果たしたのです。感想戦を終えて私が席を立つと、大山は手帳を広げてタイトル戦日程について担当記者とすぐに話を始めました。まだ敗者の私がいる前でしなくてもと内心思いましたが、何でも現実的に処理するのが大山流です。

私がわずか10日間で夢に見たタイトル戦挑戦の機会は、このように潰えました。「こんな絶好のチャンスはなかったのに…」と痛感したのは、対局直後よりも数日後でした。

次回は、大山康晴十五世名人の生前の思い出。

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コメント

なるほど、ご自身で当時のことを思い浮かべると、悔しい気持ちが尽きないことだと思います。しかし田丸先生はまだ現役です。故人の大山名人にはもうタイトル戦に出場することは叶いませんが、田丸八段にはまだチャンスがあるのです。まだまだ上を目指してください!

投稿: ケイ | 2010年2月 1日 (月) 22時51分

 こんにちは。先生がタイトル戦出場のご経験がないとは意外でした。

 立会人といえば、先生が立会人を務められた、昨年大分で行われた王将戦第四局の前夜祭で先生とお話しする機会がありました。厚かましくも写真の撮り直しをお願いした30代男性…、といっても覚えていらっしゃらないでしょうが(笑)。
 初めての前夜祭、しかも一人で不安だったのですが、先生を始め棋士の皆さんがとてもフランクに接していただいたのが印象的でした。それがきっかけで、その後も前夜祭に行くようになりました。

 先生が今期の王将戦第三局の立会人を務められるということで、どうにかして参加できれば…、と思ったのですが、連盟に問い合わせましたところ一般参加できる前夜祭はないとのこと…。

 結局第四局の前夜祭に行くことにしましたが、また先生とお話しできる日を楽しみにしております。

 今後のますますのご活躍を祈念しております(ブログも楽しみにしております)。

投稿: morris | 2010年2月 4日 (木) 12時05分

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