将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年1月21日 (木)

今月の対局は「返り討ち」にあったり逆にしたり

昨日の1月20日、竜王戦で土佐浩司七段と対局しました。戦型は矢倉模様。私はいつものように独自の作戦を立てて仕掛けると、土佐の対応策が消極的でした。私はかさにかかって攻め込み、中盤で意表をつく一手を放って有利となりました。そして99手で快勝、本年最初の勝利をあげました。

今月は13日に中田功七段(棋王戦)、20日に土佐七段(竜王戦)、28日に塚田泰明九段(王将戦)との対局が組まれています。この対局相手を見て、少しばかり妙な気持ちになりました。以前に順位戦の最終戦でいずれとも対局し、昇級や降級にかかわる一方が負けたことがあったからです。

2007年のC級1組順位戦最終戦で、私は中田と対局しました。2勝7敗の私は、負ければC級2組に降級し、勝てば残留できます。6勝3敗の中田は、勝てば来期の順位が上がります。したがって「消化試合」ではありません。その対局は、私の完敗でした。それから3年後、先週に中田と対局し、結果的に「返り討ち」にあってまた負けました。

2005年のB級2組順位戦最終戦で、私は土佐と対局しました。9連敗の私は、すでにC級1組への降級が決まっていました。8勝1敗の土佐は、勝てばB級1組への昇級が決まります。前記の中田とは違い、私は「消化試合」でした。その対局では、羽織袴を久しぶりに着て臨みました。1992年のA級昇級をかけた対局でも着た「勝負服」です。

私の兄弟子・米長邦雄永世棋聖は現役時代、「相手の大事な一番こそ全力で戦えば勝ち運がつく」とよく語りました。私もそれに倣ったものですが、通算9期在籍したB級2組での最後の対局になるのかな、という感傷的な思いもありました。

私はその対局に勝ち、土佐はB級1組への昇級を果たせませんでした。それから5年後、昨日に土佐と対局し、逆に「返り討ち」にする結果となりました。

2001年のB級2組順位戦最終戦で、私は塚田と対局しました。8勝1敗の塚田は、勝てばB級1組への昇級が決まります。1勝8敗の私は「降級点」が決まって「消化試合」でした。しかし私はその対局に勝ち、塚田は結果的に昇級できませんでした。それから9年後、久しぶりの対局が来週にあります。

順位戦の最終戦では、前記のような状況の対局はよくあります。その結果で生じた因縁を、「返り討ち」や「敵討ち」などの時代がかった言葉で表現するのは適切ではないかもしれません。実際に当事者の棋士たちは、そうした過去は心の中にしまい込み、新たな気持ちで対局に臨むものです。勝負の厳しさは「お互い様」と割り切るほうが、かえってすっきりします。それが本来の勝負の世界のあり方です。

次回は、青森・三沢での親子将棋教室。

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コメント

郷田九段が森内九段との竜王戦で寝坊して不戦敗、ライバル対決で前夜眠れず朝4時頃にようやく寝むることができたが、当日朝に目覚まし2つかけても起きられなかった、連盟に謝罪文を出した、と新聞で読みました。A級棋士では珍しいことだと思うんですが。
ところで、持ち時間が5時間ですと、1時間41分は待っていなければならないんですよね。
その間は森内九段も気まずかったと思われますが、一体何をしてるんでしょうか。
盤の前でじっとしていなくてはならないわけではないんですよね。

投稿: popoo | 2010年1月23日 (土) 20時29分

私も、竜王戦の記事、読みました!
ちょっと驚きつつ、また、あってはならないことだとわかりつつ、今や超A級棋士で、同期入会で、同い年のお二人に起こった”事件”に、いささか感動を覚えました…。
郷田九段ほどの方でも、対局前夜は、やはり、これほど緊張感を持つんですね…。
ところで、こういう時、郷田九段と森内九段の間で、何か、「ごめんなさい…」はするんですか?

投稿: 友桃(ともも) | 2010年1月25日 (月) 00時29分

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