将棋棋士 田丸昇の と金 横歩き

2010年1月28日 (木)

一流棋士の証はホテル・旅館で対局すること

どの世界にも一流、二流…という区分けがあります。将棋棋士の場合、タイトル獲得、タイトル挑戦、竜王戦・名人戦で上位保持、などの実績が一流棋士の条件でしょうか。私見では、ホテル・旅館で対局することが一流棋士の証だと思います。つまり、タイトル戦に登場することです。タイトル戦の対局は全国各地のホテル・旅館で行われます。羽生善治名人などは一年中、全国を転戦しています。

161人の現役棋士の中で、タイトル戦に登場してホテル・旅館で対局したことがある棋士は約2割の35人。引退棋士も同じ割合で8人。これらの計43人が本当の意味で一流棋士だと思います。私は40年近い棋士人生で、東西の将棋会館以外で対局したことがありません。ただ前記の数字のように、私みたいな棋士が大半なのです。

各棋士には、げんのいい棋戦があります。私の場合、「棋王戦」でいつも好成績を収めていました。とくに1989年から90年にかけての第15期で大活躍しました。本戦トーナメントで森下卓五段、中原誠棋聖、小林健二八段、米長邦雄九段、羽生善治竜王など、タイトル経験者や生きのいい若手を連破して、挑戦者決定戦に進出したのです。

89年の春、私は将棋連盟の理事に初めて選ばれました。理事就任当初は仕事に忙殺され、公式戦の成績が落ちました。しかし秋になると理事生活に慣れ、次第に復調しました。とくに棋王戦で勝ち続けました。

89年の秋、19歳の羽生が竜王戦で初めてタイトル戦の挑戦者になりました。出版担当理事の私は、羽生新竜王誕生を見越して「羽生特集」の企画を立て、竜王戦と同時進行で臨時増刊号の編集を進めました。そして89年の末、羽生が竜王を獲得したのです。

私と編集スタッフは急ピッチで作業し、90年1月中旬には最終校正に至りました。その増刊号では羽生の四段以来の全棋譜を掲載しました。私も印刷所に出向いて2日間、約260局の棋譜を時間のかぎり並べて校正しました。やがて、自分自身が羽生になりきったような気分でした。

校正翌日の1月19日。私は棋王戦で新竜王の羽生と対局しました。前日まで見続けた誌面の羽生と、実際の羽生がごっちゃになり、やや不思議な思いで対局に臨みました。私が得意としていた急戦策で攻め込むと、見事に決まって有利となりました。しかし羽生は「羽生マジック」の異名があるように、簡単には勝たせてくれません。ところがこの対局では、竜王を獲得したばかりだったのか、いつもと違って淡白な指し方でした。そして、あまり抵抗せずにあっさり投了したのです。

私は次の挑戦者決定戦に勝てば、初めてタイトル戦に登場することができ、南芳一棋王と五番勝負を戦えます。ただ正直なところ、そんな自分がまったく想像できませんでした。1月29日、その対局が行われました。相手は大山康晴十五世名人。

次回は、大山康晴十五世名人との棋王戦挑戦者決定戦。

|

裏話」カテゴリの記事

コメント

挑戦者決定戦にでるのも、棋士としての実力の証明ですね。

タイトルを取るのが一生ない、といった棋士が多いです。 
タイトルを1度しか取れなくても、それすれら困難。

挑戦者決定戦すらない味わえない棋士もいますし。
でも挑戦者決定戦とか棋戦優勝は、棋士としての晴れ舞台ですね。

投稿: わいるどる | 2010年1月28日 (木) 07時37分

将棋界の隆盛を願う理事として 背後からの眼差しで新竜王を見守り、
一方では一人の将棋指しとして新竜王と正面切って対峙する、
それが両方よい結果とでましたね、田丸八段のバイタリティを感じ、
人間性としての柔軟さも実感しました、田丸さん デキる!(失礼)
ブログのさらりとした田丸調も好きです、
今回の棋王戦の下りも淡々と述べられているのですが、
内容は実にドラマチックで、当事者みずから語るというリアリティもあり、
短い文章にもかかわらず手に汗を握りつつ読み終えました、まさにデキる!
次回の田丸劇場後半を待ち遠しく思っております。


そして田丸さんの本日のリアル対局も非常に気になるのです、手に汗・・・。

投稿: 中華そば つむじ軒 | 2010年1月28日 (木) 17時08分

楽しみに拝見させていただいています。浪人生の息子にもブログの記事のお話を聞かせてあげて親子の会話につながっています。

投稿: 将棋好きの息子の母 | 2010年4月12日 (月) 08時59分

インターネットを検索していて、このブログにたどり着きました。
将棋のことはあまりよく知りません。
でも、田丸さんの文章は読みやすいので、ここまで一気に読んでしまいました。
将棋の世界に興味を持つことができました。
これからも楽しみにしています。

投稿: 六段の調べ | 2010年7月 1日 (木) 21時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/545452/47405580

この記事へのトラックバック一覧です: 一流棋士の証はホテル・旅館で対局すること: