3ヵ月ぶりに勝利の美酒を味わった若手棋士との竜王戦の対局
私は若手棋士時代、「研究家の田丸」とよく評されたものです。すべての棋譜を集めて棋士別・戦法別に整理し、対局ごとに作戦を練りました。そうした地道な努力が実り、順位戦では8期目にB級1組へ昇級できました。
現代の研究システムはそうした「紙台帳」ではなく、パソコンの棋譜データベースによる「高速通信」の時代です。新戦法・新手法が日進月歩で更新されています。正直なところ、頭の固い中年棋士にはとてもついていけません。
私は15年ほど前から、流行に背を向けた時代遅れの戦法を指し続けています。「クラシックカー」のような格調はなく、ただの「古いポンコツ車」です。したがってエンストをよく起こしますが、たまに自分でも驚くような鮮やかな走りも見せます。
昨日の12月16日。竜王戦6組1回戦で、23歳の若手棋士・金井恒太四段と対局しました。金井はC級2組順位戦で6勝1敗と好成績で、有力な昇級候補です。
戦型は矢倉模様。私は後手番ながら急戦策をめざしました。私が公式戦でよく用いる作戦で、以前はそれなりに威力を発揮しました。しかし近年は対策を立てられて、なかなかうまくいきません。今回の対局では、少しばかり工夫してみました。別に研究したわけではなく、ほんの思いつきでした。
その手法が意外にも当たって中盤でリードしました。しかし若手棋士たちは、少しぐらい苦しくてもへこたれません。とくに中年棋士に対しては、「いずれ間違えるだろう」と徹底的に粘ります。実際、その粘りに根負けして自爆するパターンが多いのです。しかし今回は、逆に相手を焦らせる柔軟な指し方が功を奏しました。田丸が圧倒的な内容で104手で勝利を収めました。
私の棋士生活は今年で38年。近年は勝負への執念が欠けていて、昨年から今年にかけて14連敗も喫しました。無敵時代の大山康晴十五世名人は「勝つことに慣れるのが心配」と言ったそうですが、私は「負けることに慣れてしまった」状態でした。しかし不思議なもので、1局でも勝つと妙に自信がつくのです。
昨夜は3ヵ月ぶりに勝利の美酒を味わいました。やはり勝利は何事にも勝る喜びです。それがあるからこそ、いくら負けが込んでも勝負師人生を長く続けられてきたのでしょう。
次回は、今回の予定テーマだった竜王戦創設の経緯。
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コメント
毎回『横歩き』楽しませていただいております。
今回も圧倒的な勝利はもちろん 対局翌日の臨場感もあり、心躍らされました、
しかも有望な若手にです、思わずガッツポーズ(中年の星!)です、
でもこれは相手にとっても必ずや成長の糧になりますよね。
おかげさまで私も今夜の酒の理由ができました、ありがとうございます(笑)
このまま記念の棋士生活40周年も颯爽とお迎えください、
快勝おめでとうございます、乾杯です。
投稿: 山野モズク | 2009年12月17日 (木) 11時03分
田丸先生、有望若手棋士への勝利
おめでとうございます。
私は昔から田丸先生のファンです。
急戦矢倉や相振り飛車、急戦銀の将棋
を何回も並べさせていただきました。
実力があるのですから、九段昇段や
600勝を達成できるよう、頑張ってください。
投稿: ソフトバンクファン | 2009年12月17日 (木) 12時50分
棋士の人数が増えた現在では、昔と昇級の難易度が違うのでしょうね。昇段規定が甘くなり九段の価値が下がりましたね。
竜王戦でおかげで、ドリームが実現したり、
投稿: わいるどる | 2009年12月18日 (金) 18時06分