降級が決まった最終戦で昇級候補に勝った4年前のB級2組順位戦
2005年3月。私はB級2組順位戦の最終戦で、土佐浩司七段と対局しました。当期は9連敗とまったく不振で、すでにC級1組への降級が決まっていました。一方の土佐は8勝1敗と好成績で、私に勝てばB級1組への昇級が決まります。
「すでにA級昇級が決まっている田丸が最終戦で、負ければ降級する棋士に勝った…」という内容の『穂高』さんのコメントが以前にありました。これは事実ではありませんが、A級昇級を「C級1組降級」に、負ければ降級を「勝てば昇級」に置き換えると、田丸の立場は逆ですが似通った話になります。
順位戦の最終戦では、昇降級に関わる棋士Aと、そうではない棋士Bとの対戦という組み合わせがよく生じます。こうした場合、Aは必死に戦うしかありませんが、Bの気持ちは様々です。勝負に明け暮れる棋士といえども人間。その時々の状況や心境によって、対局への臨み方が違ってくるのです。主に、次の4例が考えられます。
①自分のために「全力で戦う」②相手の不幸は蜜の味と「楽しみながら戦う」③相手や状況に関係なく「自然体で戦う」④相手の立場を慮って今ひとつ「力が入らない」
土佐は当時49歳。若手棋士が台頭する中で、中年棋士が昇級候補になっているのは立派でした。初のB級1組昇級を期待していた仲間やファンは多かったようです。
私はその土佐に対して、好きでも嫌いでもないという、まったく白紙の関係でした。そこで、③の心境で対局に臨みました。
対局当日は羽織袴を久しぶりに着用しました。1992年のA級昇級をかけた対局で着た「勝負服」です。これが最後のB級2組順位戦の対局になるのかな、という感傷的な思いもありました。周囲には「虫干しがてら着たんですよ」と笑いながら話しました。
私の和服姿を見て、いつも冷静な土佐の表情に驚きの色が浮かびました。私の「やる気」と「事の重大さ」を改めて感じたようです。そんな対局心理が作用したのか、土佐の指し手は精彩を欠きました。逆に私は伸び伸びと指し、得意型からがんがん攻め込むと、パンチが炸裂しました。
対局は早くも7時すぎに終わり、田丸が一方的に勝ちました。後に将棋雑誌に載った終局時の写真には、「気合い十分な白髪鬼?」とのキャプション。確かに、私は勝負の鬼になった気分でした。なお、別の昇級候補の棋士が勝ったので、土佐は昇級を逃しました。
「相手の大事な一番に全力で戦えば勝ち運がつく」とは、米長邦雄永世棋聖の有名な勝負哲学。私は土佐に勝って、それを期待しました。しかし以降の順位戦でも不振が続き、坂道を落ちるように降級していったのです…。
次回は、渡辺竜王の4連勝で終わった今期竜王戦。
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コメント
対局心理を現役棋士の方が正直に書かれていて、とても面白く読ませ て頂きました。長い時間すぐ近くに対座する相手と戦う将棋は、
精神面の影響も大きいですね。
投稿: 五平餅 | 2009年12月 8日 (火) 22時43分