いつも全力投球で対局を戦う加藤一二三九段の意外なエピソード
加藤一二三(ひふみ)九段は来年1月に古希(70歳)を迎えるが、今でも持ち時間をフルに使っていつも全力投球で戦っている。私は同じ棋士として、その真摯な姿勢に大いに敬服している。ただ加藤の対局中の言動には、意外なエピソードが多々あった。
花柄ネクタイを結び直しながら、上体を伸ばして盤面を上から見る。やたらと咳払いを出す。対局相手の背後に回って盤面を見る。チョコレートやケーキをぱくぱく食べる。持ち時間を使いきって1分将棋なのに、1手ごとに「あと何分」と記録係に聞く。加藤の対局では、こうした光景がよく見られる。
加藤の咳払いに対して、ある棋士は「うるさくて対局に集中できない」と理事会に訴えた。咳払いのたびに手を口の前に当てる、という行為で暗に抗議した棋士もいた。私も加藤との対局で咳払いを受けたが、かなり高音に聞こえた。緊張による生理現象なのでしかたないと思ったが、加藤が勝勢になったとたんに、ぴたっと止まったのには驚いた…。
対局相手の背後に回って盤面を見るのは、相手が不在だったり休憩時間ならともかく、対局中は失礼な行為だ。そもそもプロ棋士なら、頭の中で盤面を反転して読むことは別に難しくはない。相手側から盤面を見て対局心理を知りたい、ということなのだろうか。ある棋士は、加藤が背後に回ると、自分も相手側に回って対抗した。
8月に行われた加藤と若手棋士の対局で、暑がりの加藤が対局室のエアコン設定温度をかなり低くすると、寒がりの若手棋士が元に戻した。その後、両者は1手ごとに席を立って設定温度を変えたという。常識的には後輩が先輩に従うものだが、その若手棋士はマイペースで知られていた。それにしても漫画みたいな光景だ。
同じ部屋で対局が2局ある場合、関係者が対局前に盤を適切に配置する。ところが、加藤は対局前に盤の位置を自分で決めることがよくあった。本来は良くないことだが、大先輩なので異議を唱える棋士はいなかった。しかし10年ほど前、こんな一件があった。
中原誠(十六世名人)が対局室に入ると、2面の盤の位置に不自然さを感じた。加藤側の盤が中央にかなり寄り、中原側が隅に追いやられている感じだった。中原は対局前に「少しずらしてくれませんか」と言うと、加藤は「もう決まっていますから」と応じなかった。中原はいったん引き下がったが、30分後に「加藤さん、やっぱりおかしいよ。50センチでいいから動かして」と頼んだ。それでも加藤が無言なので、中原が「加藤さん、喧嘩を売るの?」と気色ばむと、加藤は「いやいや、別に他意はありません」と応じて盤を動かし、その場は治まったという。
だれでも棋士は、最良の状態で対局に臨みたい。加藤のこうした一連の行為も、その現れだと理解したいが、行きすぎがあったと思う。そういえば加藤は、野良猫への餌やりで近隣住民と訴訟になったが、どう決着したのだろうか…。
次回は、対局での盤外戦術について。
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