順位戦の最終戦での棋士たちの微妙な対局心理
「すでにAクラスに昇級が決まっている田丸さんが、負ければ降級する人と最終戦で対局し、勝ったことがあったような…。さすがはプロだなと思った出来事でした」という『穂高』さんのコメントが以前にありました。
このコメントを具体的に説明すると、「B級1組順位戦の最終戦で、すでにA級昇級が決まっている田丸は、負ければB級2組に降級する棋士と対戦し、田丸が情け容赦なくその棋士に勝った」という話だと思います。これは事実ではありませんが、似たような話が重なっています。
私は1992年にB級1組順位戦の最終戦で、同じ昇級候補の島朗八段との直接対決に勝ってA級に昇級しました。形勢不明の大熱戦が終盤まで続き、土壇場で島に読み違いがあって、私が幸運にも勝てました。手数は142手、終局は翌日の0時43分。田丸の将棋人生の中で、最も思い出が深い将棋でした。したがって、最終戦の前にA級に昇級していません。
順位戦の最終戦では、昇降級に関わる深刻な立場の棋士Aと、すでに安泰な立場の棋士Bが対戦するケースがあります。もしAとBの間で何らかの取引があり、BがAにわざと負ければ、いわゆる「八百長」になります。しかしそうした不正行為がなくても、AとBが親しい関係だったり、Bが性格的に優しかったら、Bは結果的に力が入らずに負けてしまうかもしれません。このように順位戦の最終戦では、棋士たちの対局心理が微妙に揺れ動くことがあります。
私は四段時代に順位戦の後半で棋士Cと対戦したとき、まだ中盤の難しい局面なのに、Cが突然投了したことがあります。私は体調が悪くて棄権したのだと思いましたが、別の事情があったのです。Cは昇級候補の棋士Dと仲が悪く、Dが昇級するぐらいなら同じ昇級候補の田丸に勝たせちゃえ、と思ったようです。棋士といえども人間、時には感情に左右されることもあります。
私の兄弟子の米長邦雄永世棋聖は「相手の大事な一戦こそ全力で戦え」と提唱し、現役棋士時代は自身の勝負でそれを実践してきました。リーグ戦の最終戦で、相手の挑戦権や昇級を阻止したり、陥落させたことが多々ありました。米長の勝負哲学によると、なあなあで指して負けると負け癖がつき、勝ち運も逃げてしまうとのことです。そんな米長哲学が後輩棋士たちに浸透し、今では情実がからむ勝負はほとんどありません。
次回は、私が順位戦の最終戦で体験した苦い思い出、穂高さんのコメントにある勝負に徹した話について。
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コメント
私のコメントに対して説明してくださいましてありがとうございました。
又内容は勘違いだったようですね。 大変失礼しました。
四段の時の対局を聞いて、「人間だからあっても不思議ではない」と思いました。 でも途中で投了した人には、本心を心にしまっておいて欲しかったですね。 田丸さんも複雑な気持ちでしたでしょうね。
テレビドラマ「相棒」の前シーズンで放送された、将棋のタイトル戦を舞台にした話を思い出しました。
私が勘違いしていた「勝負に徹した話」を楽しみにしています。
投稿: 穂高 | 2009年11月29日 (日) 17時18分